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『無理』を越えたらどうなるの?
~どうにもならない現実が、普通の人々を襲うとき

  • 浅沼 ヒロシ

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2009年12月9日(水)

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無理』 奥田英朗著、文藝春秋、1900円(税抜き)

 リーマンショックを乗りこえたと思ったら、ここにきて景気の悪いニュースが続いている。今後どうなるか分からないが、この原稿を書いている時点で円高は止まるところを知らず、株価も下がって“二番底”が現実味をおびてきた。

 日本の先行きの暗さと符合するような群像小説がタイムリーに出版された。3年がかりで書き上げた奥田英朗氏の新作『無理』である。

 物語の舞台は、3つの町が合併してできた「ゆめの市」というとある北国の地方都市。国道沿いに大型商業施設ができ、以前にぎわっていた商店街はシャッター通りとなっている。

隠れ家風のカフェが永遠にない町

 雪の舞う陰鬱な空の下、心に屈託をかかえた主人公たちが登場する。

 妻の浮気が原因で離婚し、ケースワーカーとして生活保護申請者と毎日バトルをくり広げている32歳の市役所職員。

 商業高校を中退したあと、暴走族のリーダーだった先輩が社長をしている会社に入り、老人をだましては怪しげな商品を高額で売りつけている23歳の青年。

 スーパーマーケットの保安員として万引きを摘発しながら、私生活の淋しさをうめるため、「今世の幸せをあきらめよ」と教える新興宗教にのめり込んでいる48歳の中年女性。

 この町を出て東京の大学に進むために予備校で勉強にはげむ県立高校2年の女子高生。

 庶民ばかり登場する群像の中に、お金持ちも登場する。親の代から羽ぶりのよい不動産会社の社長で、二世議員としてトップ当選を果たした45歳の市議会議員。元やくざが社長を務める土建会社とも付き合い、自分の会社の秘書を愛人にするなど、親のやったことをひととおり踏襲している。

 主人公たちは、この田舎町を嫌っている。

〈久保史恵は、東北の地方都市に生まれたことをとんだ不運だと思っている。お洒落をしたところで、出かける先は大型スーパーが入ったショッピングモールしかなく、お茶をするのはスターバックスのようなコーヒーチェーンだけだ。路地裏の洒落たブティックも、隠れ家風のカフェも、この町にはない。きっと永遠にない〉

 女子高生の史恵は心に誓っている。高校を卒業したら絶対に東京の大学に進む。地元に就職する連中と私は違う。花の東京で暮らすんだ! と。

 吉幾三の「俺ら東京さ行ぐだ」が聞こえてきそうな決意だが、史恵の心情は、地方に住む若者の声を代弁しているといっていいだろう。

 市役所職員の相原は、出向先の市役所から県庁に戻る日を待ちこがれているし、市会議員の山本も早く県会議員になってドブ板仕事から足を洗いたいと思っている。新興宗教にのめり込む堀部妙子に到っては、今世に期待することをやめて来世に希望をつないでいるありさまだ。

〈現実は考えたくない。将来も想像したくない。この世がしあわせな人間ばかりなら、きっと自分は気が狂ってしまうだろう〉

 雪国の暗い空のように、主人公たちの生活に起こるのは、息のつまることばかり。しかも、物語の進行に伴い主人公たちの状況はどんどん悪くなり、ドツボにはまっていく。

 教育のひずみ、行政の矛盾、雇用の喪失、格差拡大、貧困層の出現など、日本社会全体の問題がこの地方都市に濃縮還元されて噴出しているのだ。

〈ゆめの市には大手部品メーカーの工場があり、ここ数年、ブラジルから多くの労働者が出稼ぎにきていた。中には、家族を呼び寄せて住み着く日系ブラジル人もいて、その子供たちが徒党を組み、悪さをすると問題になっていた〉

 日本の製造現場は、就労制限のない日系ブラジル人や技能実習生という名の低賃金ではたらいてくれる労働者に頼っている。それも、定住を前提とする「移民」として受け入れるのではなく、必要なときに雇い入れ、必要がなくなれば追い返そうという、国際的な「派遣」労働者に依存しているのだ。矛盾を秘めた国策のひずみは、本書の中でも、ブラジル人子弟と日本人不良グループの乱闘場面に象徴的にあらわれている。

 「これ以上やってられない。もう無理!」と投げだしてしまいたくなるほど追いこまれたとき、主人公たちは、越えてはならない一線を越えはじめる。

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