「小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 〜世間に転がる意味不明」

サンタクロースと失われた30年

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2009年12月21日(月)

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 今年のトレンドは、「うちクリスマス」なのだそうだ。

 いや、週末の情報番組のリポーター嬢がそう言っていただけで、「トレンド」が有効な用語であるのかどうかを含めて、本当のところは、私は知らない。クリスマスがらみのグッズやアイテムやオーナメントやイルミネーションの「今年らしい」傾向についても、まったく情報を持っていない。考えてみたことさえない。
 
 解説席のデスクが言うことには、「うちクリスマス」の背景には、「巣ごもり消費」があって、それらはいずれも、不況の産物であるという。
 
 巣ごもり消費。
 底意地の悪い造語だ。

 わたくしどもは鶴なのか? それとも鴨だろうか? あるいは鵜とかか? 彼らは、われわれに何かを丸呑みにして欲しいのか? でもって、マーケティングだか何だかをやっている小利口者は、自分を鵜匠か何かになぞらえていて、オレらを呑み込んだバンドワゴンから、なにがしかの利益を搾り取るべく企図しているのであろうか? っていうことは、巣の中の鳥は首を絞められるのか?

 「三ない消費」を紹介した時にも書いたことだが、「巣ごもり消費」は、そもそも「消費」なんだろうか。 
 消費を削減したいと考えている消費者が外出を控えている。それだけの話で、だとしたら、これは消費傾向の変化であるよりは、より単純に言って、消費の自殺ではないのだろうか?

 まあ、不景気の時に売れるタイプの商品があると、そういうふうに考えれば理屈の上ではわからないでもない。

 でも、「うちクリスマス」がトレンドだなどと、サンタの格好をしたねえちゃんに断言されても、私は、うっかり信じる気持ちにはなれないのだな。鵜じゃないんだし。鴨で七面鳥でもないわけだから。いったい誰があんたらの指揮棒に従ってオーブンの中に入ると思う。自分で自分の羽をムシって。バカにしないでくれよ。

 というわけで、クリスマスをあてこんだ商売が、需要を創出できなくなっていることは、慶賀すべき変化だと思う。
 冗談じゃない。バブルははじけるからバブルなのであって、いつまでも浮ついたイベント消費が12月の先生方を走らせてたまるものかというのだ。

 そういえば、90年代のなつかしいジョークに、「諸人転びて」というのがあった。
 そう、われわれは転んでいた。
 誰もが徒党を組んで、妄想に駆られ、不信心なバカ騒ぎを繰り広げていた。

 で、私ども日本人は、ようやくいま、あの長く続いた聖夜の狂躁から醒めつつある。素晴らしいことではないか。若い人たちはもうとっくに、クリスマスイブの割高なシティーホテルを予約するために行列を作ったりしなくなった。賢明な判断だと思う。

 草食系? 違うよ。どうして女が肉で男が獣だみたいな、そういう凶悪なメタファーを彼らに押しつけるんだ? どっちがどっちを食うとか、そういう血なまぐさい話じゃないだろ? 

 
 いや、私は牧草系の女がモテるとか、配合飼料系の娘がおすすめだよとか、そういう話をしたいのではない。比喩は比喩。どうせウソだ。
 
 大切なのは、演出済みの恋愛やらセックスやらを販促アイテムに商売をたくらむ人々が市場から去りつつあるという事実だ。
 イブの夜の魔法は解けた。
 いくらカネをかけたところで、自分が自分以上のものになるわけではない。特定の関係が普遍的な物語に昇格するわけでもない。イブの夜に展開される同時多発の凡庸なやりとりは、しょせん個別的な追憶のネタに過ぎない。セックスは消費財ではない。ナマモノではあっても、クーポン券ではない。カネを払うに値しないと言っているのではない。そもそも無料だということを私は言っている。だって、貨幣経済ができる以前から、まったく日常的な動作として、それはわれわれの前にあらかじめあったものだからだ。

 労働力が労働者の肉体と不可分で、それゆえに商品として売買するには無理があるのと同じで、セックスもまたそのままのカタチでは商材にならない。だから見せガネにする、と? うん。そういう駆け引きは実在する。だけど、賢いヤングピープルの皆さんにはもうそのテは通じない。そもそも、人間と人間が理解を深めるために電飾の助けが不可欠だとする思想自体が、既に20世紀の遺物だからだ。田舎者だぞ。そういう演出に乗るのは。

 ずっと昔、私が高校生だった時代までは、クリスマスは、子供のものだった。
 それも、「いいうち(良い家)」の子供限定の、ちょっと気取ったイベントだった。

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著者プロフィール

小田嶋 隆(おだじま・たかし)

小田嶋 隆

1956年生まれ。東京・赤羽出身。早稲田大学卒業後、食品メーカーに入社。1年ほどで退社後、小学校事務員見習い、ラジオ局ADなどを経てテクニカルライターとなり、現在はひきこもり系コラムニストとして活躍中。近著に『人はなぜ学歴にこだわるのか』(光文社知恵の森文庫)、『イン・ヒズ・オウン・サイト』(朝日新聞社)、『9条どうでしょう』(共著、毎日新聞社)、『テレビ標本箱』(中公新書ラクレ)、『サッカーの上の雲』(駒草出版)『1984年のビーンボール』(駒草出版)などがある。 ミシマ社のウェブサイトで「小田嶋隆のコラム道」も連載開始。



このコラムについて

小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 〜世間に転がる意味不明

「ピース・オブ・ケイク(a piece of cake)」は、英語のイディオムで、「ケーキの一片」、転じて「たやすいこと」「取るに足らない出来事」「チョロい仕事」ぐらいを意味している(らしい)。当欄は、世間に転がっている言葉を拾い上げて、かぶりつく試みだ。ケーキを食べるみたいに無思慮に、だ。で、咀嚼嚥下消化排泄のうえ栄養になれば上出来、食中毒で倒れるのも、まあ人生の勉強、と、基本的には前のめりの姿勢で臨む所存です。よろしくお願いします。

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