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人生のパラドックスを信じてみない?『コルシア書店の仲間たち』と。
~稀代のエッセイストを生んだまわり道

  • 浅沼 ヒロシ

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2010年1月13日(水)

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コルシア書店の仲間たち』須賀敦子著、文春文庫、467円(税抜き)

 本が売れないと嘆いている出版界でも、密かなブームが起こることもある。

 NHKの大河ドラマ原作のような大きな流行を除いても、例えば北康利著『白洲次郎 占領を背負った男』がきっかけになった白洲次郎、白洲正子ブームや、佐野眞一氏が折に触れて褒めたたえたことで起こった宮本常一ブームがある。多くの関連本や写真集が新たに出版され、ほんの少し前の日本にこんなすごい人がいた! という驚きが静かに伝播していくのだ。

 同じように、没後10年を過ぎた須賀敦子にも少しずつ注目が集まっている。

 2001年に完結した『須賀敦子全集』が別巻を除いて2006年から2007年にかけて文庫化された。これに機を合わせるように BS朝日で特集番組が制作され、2009年に入ってからは5月に湯川豊著『須賀敦子を読む』が、9月にアレッサンドロ・ジェレヴィーニ、松山巖共著『須賀敦子が歩いた道』が発刊された。10月にはNHK教育テレビ「ETV特集」に須賀敦子が登場し、NHKオンデマンドの有料視聴コンテンツとして登録されている。

 今のところ「知る人ぞ知る」という段階ではあるが、須賀敦子のファンがじわじわと増えていくのはいったい何故なのだろうか。

 理由の一つは、須賀の作品がプロの作家をも唸らせる完成された文章に仕上がっていることである。「須賀敦子はほとんど登場した瞬間から大家であった」と関川夏央は評し、湯川豊は「とにかくイタリアの庶民の姿を書いてこれだけ力があるという文章は、ほんとにすごいことだと思います」と感嘆している。

 須賀のもう一つの魅力は、にもかかわらず作家としての活動期間がわずか8年と短く、生前に発刊された著書がわずか5冊であること。福岡伸一は近著『世界は分けてもわからない』の中で、須賀の生前に彼女の文章に出会えなかった悔しさを「それまでうかつにもこれほど美しい文章の存在を私は知らないでいた」と述べたあと、彼女の作品の素晴らしさを讃嘆し、「読書界は瞠目した。夜空の星のように、粒よりの、しかし限られた数の書物がそれこそ星座を構成するように端正な配置で刊行された」と表現している。

 作家たちが絶賛する作品のうち、本欄では『コルシア書店の仲間たち』を取りあげることにしたが、内容に入る前に須賀敦子のプロフィールに触れておかなければならない。説明を敢えて省略する須賀の作風ゆえに、この回想風エッセイを味わうためにある程度の基礎知識が必要になるからだ。

 須賀敦子は1929年(昭和4年)兵庫県に生まれ、1951年に聖心女子大学文学部を卒業。慶応の大学院中退、フランス留学、一時帰国を経て、1958年にイタリア留学する。1961年、コルシア書店の中心者の一人であるペッピーノ・リッカと結婚するが、1967年に夫が急逝。

 1971年日本に帰国後、大学の非常勤講師を務めながらイタリア語の翻訳者として活躍。50歳になった1979年に上智大学の常勤講師となり、その後助教授、教授と昇進。1990年に61歳で『ミラノ 霧の風景』を刊行し、翌年に女流文学賞、講談社エッセイ賞を受賞する。1992年にはじめての書き下ろし『コルシア書店の仲間たち』を出版し、その後、全部で5冊の単行本を出版。1997年に癌の手術を受け、化学療法を続けたが、1998年惜しまれながら死去。享年69歳。

 本書『コルシア書店の仲間たち』は、須賀のイタリア生活の拠点であったコルシア書店で出会った人びとを回想するエッセイである。

30年前を昨日のことのように描くエッセイ

 須賀の人生にとってかけがえのない存在となったコルシア書店ではあるが、読者をじらそうとするかのように、須賀はくわしく説明しようとしない。書店を支えるパトロンとのエピソードを語る第1話の合間に、〈コルシア・デイ・セルヴィ書店は都心の目抜き通りにあるサン・カルロ教会の、いわば軒を借りたかたちだった〉と場所を示したあと、また思い出ばなしに戻ってしまう。

 第2話でコルシア書店の創立者であるトゥロルド神父との交流を回想しながら、やっと〈あれから三十年、東京でこれを書いていると、書店の命運に一喜一憂した当時の空気が、まるで「ごっこ」のなかのとるにたりない出来事のように思えるのだけれど〉と控えめに明かしたのは、コルシア書店がカトリック左派の活動拠点であったこと、多くの友人たちが集まってごったがえしていたこと、大家である教会当局に煙たがられていたこと等、本を売るだけの書店とは違う姿であった。

〈夕方六時をすぎるころから、一日の仕事を終えた人たちが、つぎつぎに書店にやってきた。作家、詩人、新聞記者、弁護士、大学や高校の教師、聖職者。そのなかには、カトリックの司祭も、フランコの圧政をのがれてミラノに亡命していたカタローニャの修道僧も、ワルド派のプロテスタント牧師も、ユダヤ教のラビもいた。そして、若者の群があった〉

 しかし、書店について須賀はこれ以上は語らない。読者が何より衝撃を受ける、わずか6年足らずの結婚生活に終わりを告げた夫ペッピーノの死についても、やはり多くを語ろうとしない。代わりに須賀が書き綴るのは、ある種の共同体をめざしたコルシア書店でなければ知り合わなかったであろう人びととの出会いと、そして別れである。

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