「小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 〜世間に転がる意味不明」

とある「外国人労働者」の悲劇

未来なき職場に品格なし

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2010年2月8日(月)

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 今回のケースについて、朝青龍の行動は、やはり擁護できない。
 したいのはヤマヤマだが、私の力量では無理だ。擁護しきれない。

 一緒に火だるまになってあげることぐらいはできるかもしれない。
 が、それはしたくない。
 私にも生活がある。
 しみったれた生活だが。許せ、ドルジよ。

 報道されていることのどこまでが真実で、どこから先が尾鰭なのかは、正直なところまだわからない。尾鰭とは別に、私が知らない手足や羽があるのかもしれない。それもよくわからない。

 が、ともかく、真相がどうであれ、朝青龍が場所中に泥酔して暴行事件を起こしたところまでは、はっきりとした事実だ。とすれば、引退は、残念だが仕方のない結末だった。そう考えざるを得ない。

 今回は、朝青龍をめぐる一連の出来事を、一歩引いた視点から見つめ直してみたい。

 朝青龍個人については別のところで書いてしまったのでもう書かない。それに、様々な人々によって、言うべき事は言われつくしてもいる。これ以上付言すべきことがあるのだとすれば、「付き合う人間には注意しろよ」、と、後知恵で手遅れの忠告を伝えることぐらいだ。

 思うに、この度の事件を、ドルゴルスレン・ダグワドルジ(←朝青龍の本名。スポーツ新聞は既に「元朝青龍」という名称を使いはじめている)という一人の人間の資質に帰してしまう態度は、安易であるのみならず、卑怯だ。でなくても、飽きた。平凡すぎる。

 角界には、ここ数年不祥事が目立つ。
 これは偶然ではない。

 おそらく、続発する不祥事の多くは、相撲部屋が極めて内圧の高い組織であることに関連している。
 一連の事件は、大相撲の世界が、若い力士(特に外国人力士)を適正にマネジメントできていないことへの反応として顕在化している。そう考えなければならない。
 
 そう。マネジメントだ。
 別の言葉で言えば心遣い。
 あるいはホスピタリティ。
 「管理」ではない。それは冷凍食品を扱う時に使う言葉だ。

 外国人労働者の権益と待遇。彼らの心的負担と暴発。そして日本文化の独自性と普遍性。その閉鎖性と因循。こういうことについてもっと議論が起きないといけない。品格は、そうした議論が決着した後に、見る者と見られる者が対等の立場で語り合うべき話題だ。誰かが誰かに課して良いものではないし、まして、不特定多数の人間が特定の誰かについて評定したり落第点をつけたりできるものでもない。

 というよりも、品格は、本来、語るものではない。
 評価するものでもない。
 ただそれは人が去った後に香気のように漂うものだ。
 いずれにせよ、品格について語る者は品格を失う。いま語っている私も含めて。

 大相撲は、今後、しばらくの間、興行的に低迷せねばならないだろう。なにしろキャラの立った人気横綱を失ったわけだから。人気だけではない。朝青龍は、実力的にも、歴代で五本の指に入る名横綱だった。

 先場所の把瑠都との一番は見事だった。スピードと反射神経に頼りがちだった取り口に、巧さが加わって、第二の全盛期が来るのではないかと、入幕時以来のファンである私などは、見ているだけでわくわくさせられたものだった。琴欧洲戦も、素晴らしい切れ味だった。それだけに未練が残る。

 たとえ一時的に観客動員に翳りが出ても、朝青龍の引退によって角界が正常化するのなら長期的には正解だ……と、良識派の人々は、おおむね同じ意見を述べている。

 まあ、おっしゃる通りではある。
 でも、彼らの言う「正常化」とは、一体どういう状態を指しているのであろうか。
 私には、それがわからない。
 
 というよりも、大相撲の「未来」や「改革」や「あるべき姿」については、人それぞれ、抱いているイメージが違うのだ。「正常化」もまた、国民的合意として、確かな像を結んでいるわけではない。
 
 現在は「品格」「相撲の美」「正常化」「改革」「原点」といったあたりの編集部用語が一人歩きをしている。が、この状況もそんなに長くは続かない。どうせじきにみんな飽きる。で、忘れて元通り。おなじみの展開だ。

 大雑把に考えて「正常化」にはふたつの道がある。
 ひとつは伝統回帰。もうひとつは、オープン化だ。そのいずれを選ぶのかによって、シナリオは180度違うものになる。
 協会はどちらの道を選択するのであろうか。
 
 両方?
 うん。気持ちはわかる。
 
 伝統の枠組みの中で近代化するだとか、文化としての側面を継承しつつ競技としての透明化をはかるとか、国技である面を維持しながら国際化を果たすだとか、そういうふうに、現場は両にらみで行きたいのだと思う。
 
 でも、それが一番いけない。
 かなり高い確率でダブルスタンダードの混迷に陥る。
 二兎を追う者は虻と蜂の両方に刺されて悶絶することになる。間違いない。

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著者プロフィール

小田嶋 隆(おだじま・たかし)

小田嶋 隆

1956年生まれ。東京・赤羽出身。早稲田大学卒業後、食品メーカーに入社。1年ほどで退社後、小学校事務員見習い、ラジオ局ADなどを経てテクニカルライターとなり、現在はひきこもり系コラムニストとして活躍中。近著に『人はなぜ学歴にこだわるのか』(光文社知恵の森文庫)、『イン・ヒズ・オウン・サイト』(朝日新聞社)、『9条どうでしょう』(共著、毎日新聞社)、『テレビ標本箱』(中公新書ラクレ)、『サッカーの上の雲』(駒草出版)『1984年のビーンボール』(駒草出版)などがある。 ミシマ社のウェブサイトで「小田嶋隆のコラム道」も連載開始。



このコラムについて

小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 〜世間に転がる意味不明

「ピース・オブ・ケイク(a piece of cake)」は、英語のイディオムで、「ケーキの一片」、転じて「たやすいこと」「取るに足らない出来事」「チョロい仕事」ぐらいを意味している(らしい)。当欄は、世間に転がっている言葉を拾い上げて、かぶりつく試みだ。ケーキを食べるみたいに無思慮に、だ。で、咀嚼嚥下消化排泄のうえ栄養になれば上出来、食中毒で倒れるのも、まあ人生の勉強、と、基本的には前のめりの姿勢で臨む所存です。よろしくお願いします。

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