「毎日が日直。「働く大人」の文学ガイド」

63. 本篇よりメイキング映像が重視される時代。

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2010年2月10日(水)

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 日直のチノボーシカです。

 この連載の第48回で、つぎのような例を挙げた。村上春樹ファンの青年が私に村上春樹のよさを説明するときに、

「村上春樹は優れた作家である。なぜなら世界的に読まれているからだ」

「なぜ世界的に読まれているのか。それは村上春樹が優れた作家だからである」

というループになっていたという話だ。

 また第59回では、こういう例も挙げた。Aさんという人が、Bさんというクリエイターの凄さを私に説明するのだが、Aさんの説明が、

「Bさんが「金は大事だ」と考えている。作品にもそのメッセージがはっきり見て取れる」

「そして、その思想を貫いた結果、Bさんの作品は大成功した」

「だからBさんの作品はすばらしい」

 という構造になっていて、つまりAさんは、Bさんの作品自体というより生きかたのほうに共鳴してしまっている、という話だった。

 こういった例は現代的な意味での英雄崇拝である。

*   *   *

 話は変わるように見えてじつは繋がっているのだが、私は中学生のころ、音楽を聴いていて、自分がちっとも感心しない曲が流行ったり高く評価されたりしていたら、それは世の中が間違っていると思っていたんですね。簡単に言うと、私から見てダメな曲が流行っているのは、曲の作者が才能も努力もなしに偶然ヒットしているだけだ、と思っていたわけです。

 で、これがもう少し大人になりますと、違うところが見えてきます。

 自分が好きなものがヒットしなければならない筋合いはない、ということがわかるわけです。だってそんなものは好きずきですから。で、ここから

「ヒットしているものはくだらない」

という方向に行けば、これはシンプルなルサンチマンの冥府魔道に直行なわけですが、たいていの人はさすがにそこまではいきません。私もさすがにそこまではいかなかった。

 で、もう少し大人になると、「蘊蓄垂れ」なものの見かたが可能になります。たとえば、曲の作者(アーティストだけじゃなくて、プロデューサーとかミキサーとかも含む)の戦略、その戦略を実現するために絞った知恵かけた手間、そういうものが見えてくる。

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著者プロフィール

千野 帽子(ちの ぼうし)

パリ第4大学博士課程修了。京都在住の勤め人・俳人。2004年より休日のみ文筆業。著書に、「東京新聞」連載をまとめた『文藝ガーリッシュ 素敵な本に選ばれたくて。』『世界小娘文學全集 文藝ガーリッシュ舶来篇』(河出書房新社)、「野性時代」連載をまとめた『読まず嫌い。』(角川書店)、読書漫筆集『文學少女の友』(青土社)。「ミステリマガジン」「ジャーロ」にて連載、また「東京新聞」「讀賣新聞」「SPUR」「Figaro japon」「BRUTUS」「HanakoWEST」「yomyom」「週刊文春」「文藝」「文學界」「すばる」「ユリイカ」「真夜中」「小説トリッパー」「早稲田文学」「ダ・ヴィンチ」「週刊読書人」「別冊宝島」などに寄稿。



このコラムについて

毎日が日直。「働く大人」の文学ガイド

この連載は、「働く大人」の読者の疲れを癒し、リフレッシュして勤労意欲を高めるのに向いた文学作品のガイド、では断じてない。そうではなく、こちらが文学の世界に単身潜入して、大人の読者に向けてレポートするものである。ここで取り上げるのは、働くということにまつわる、個別の奇妙さ、ヘンテコさ、そこから立ち上がってくる疑問をうじうじと、ひとつひとつ拾っていく、そんな文学や漫画。私たちが毎日そんなことをしていれば、仕事が立ち行かなくなるから、代りに文学がそれをやってくれている。腸内細菌のようなものだが、腸内細菌と違って、なにかの役に立つという保証がないのが文学だったり漫画だったりするのである。そういうものを紹介する連載だ。だから、仕事中にこっそり読んでほしい。

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