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分けるのが仕事。でも『世界は分けてもわからない』
~天才研究者も我々も「治すすべのない病」にかかってる

  • 浅沼 ヒロシ

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2010年2月17日(水)

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世界は分けてもわからない』 福岡伸一著、講談社現代新書、780円(税抜き)

 私が1月13日にこの「超ビジネス書レビュー」欄を担当した際、須賀敦子の『コルシア書店の仲間たち』を取りあげた。多くの文筆家が須賀敦子の作品のすばらしさを賛嘆したことを紹介したが、福岡伸一もまた〈うかつにもこれほど美しい文章の存在を私は知らないでいた〉と須賀に惹かれた一人である。

※「人生のパラドックスを信じてみない?『コルシア書店の仲間たち』と。~稀代のエッセイストを生んだまわり道

 順調な研究生活を送りながらも自身の限界に悩んでいた頃、福岡は須賀敦子の虜になった。特に好きになった『地図のない道』を読みかえすにつれ、彼は〈そのたたずまいに引き込まれていった。彼女が歩いた道を彼女が歩いたように歩いてみたかった。彼女が考えたように、自らの来し方を考えてみたかった。彼女が静かに待ったように、私も何かが満ちるのを待ってみたかった〉

 2002年、イタリアで開かれた学会の発表を終えた福岡は、ヴェネツィアまで足を運び、彼女が歩いた道をたどり、彼女が赴いた美術館をたずねることにする。

〈地図のない道。そう、須賀敦子のたどり来た道のどこにも標(しるべ)と呼ぶべきものはなかった。それでも彼女は、とうとうここまで歩いてきた、と思える地点に至ったのだ〉

 須賀が本を書くまでに長い時を待っていたことが、何の道しるべもなく歩みつづけたことが、自分に倦んでいた福岡の背中を押してくれた。

 精神的“追っかけ”経験から6年後。福岡は、須賀敦子へのオマージュを書く。文章の美しさで定評のある福岡のこと。本書は、須賀に恥じない、格調高い作品に仕上がっている。

須賀敦子の作品を通奏低音としたミステリー

 著者の福岡伸一は、1959年生まれ。分子生物学の研究の傍ら一般向け著作を手がけ、65万部超の『生物と無生物のあいだ』をはじめ、『動的平衡』、『できそこないの男たち』など、ベストセラーを連発する売れっ子である。

 DNA、染色体、タンパク質、アミノ酸、ウィルス、……。ふつうの人は高校の「生物」科でしかお目にかからないような専門用語を題材に、最先端研究を推し進める研究者の苦労や、時にはダイエットのメカニズム解説を交え、知らずしらずに生命の神秘を感じさせる名文を福岡は書く。

 書名が示すとおり、生命は機械のように機能を分けられるものではないことを示すのが本書の主題だが、福岡伸一が単調な構成の科学解説書を書くわけはない。ロスアンジェルス、ヴェネツィア、相模原など、あちこち場所と時間を変えながら、また村上春樹やコナン・ドイルの小説、画家カルパッチョの絵画などを引用しながら、最も重要な伏線である須賀敦子の作品を通奏低音とした一種のミステリーが進んでいく。

 ヴェネツィアで福岡がたどったのは、須賀の作品に出てきたインクラビリという水路である。インクラビリとは、英語に直せば incurable 不治の病という意味だ。なおる見込みのない人たちの水路、という奇妙な名がついたのは、1500年代の中ごろにこの一角に病院が建てられたのがきっかけである。当時の病院は、治療よりも患者の隔離のための場所で、病院に行くのは死を覚悟することだったという。

 しかも、この病院に収容されたのが梅毒に感染した娼婦たちだったことを知り、須賀はショックを受ける。原因も治療法も分からなかった当時のこと。なおる見込みのない病気とは梅毒のことだったのだ。

 梅毒といえば、福岡は『生物と無生物のあいだ』の冒頭で、ロックフェラー医学研究所(後のロックフェラー大学)で野口英世が梅毒などの病原体の研究をしていたこと、その研究成果が後に次々と否定されていったことを紹介していた。

 目に見えない病原体の培養に成功したと野口は発表したが、他の研究者が同じ内容の試験(追試)を行っても成功しなかったり、病原体の正体が電子顕微鏡でしか見られないウィルスであると後に判明したり。「野口の主張のほとんどは、今では間違ったものとしてまったく顧みられていない」と福岡は言う。

 時代は移り、次々と生命現象を解明する研究成果が発表されていく。遺伝子の正体としてのDNA、二重螺旋による複製のメカニズムなど、結論だけは高校の授業でも教わるが、一つの結論に至るには膨大な実験をこなさなければならない。

 2008年度ノーベル化学賞受賞者の下村脩氏は、特殊なタンパク質を抽出するために家族も総出でクラゲ捕りをしたエピソードを披露していた。生化学分野のポスドク(博士研究員)も、日々、黙々と実験をこなし、しかも着実な成果をあげ続けなければならない。

 福岡伸一も一兵卒のポスドクからたたき上げ、研究室の長となった現在も膨大な実験の指揮を執っている。

 彼が丁寧に解説するES細胞とガン細胞、細胞自身が行う分解と生成などの基礎知識が読者の頭に入ったころを見計らい、本書は、クライマックスの第8章「ニューヨーク州イサカ、一九八〇年一月」に突入する。

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