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自分は約束を守る「至高の人間」なのか「できもしない約束をするような痩せ犬」(ニーチェ)なのか

「約束する」その2

2010年3月11日(木)

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「約束する」その1から読む)

 しかし約束は、人間にとっては社会を形成するための大切な機能をはたしている。誰もが自由意志を気儘に発揮しつづけていたならば、そもそも社会というものが生まれることはできないだろう。ニーチェは「約束することのできる動物を育成すること――これこそが、自然が人間についてみずから課した逆説的な課題そのものではないだろうか、これこそが人間についてのほんらいの問題ではないだろうか?」[1]と語ったことがある。そこには三重の意味がある。

人間、この約束する動物

 一つは人間は自由な存在として生きながらも、たんに恣意的な自由意志を貫くような存在ではなく、共同して社会や国家を形成する生き物であるということである。アリストテレスによる人間の定義は、「人間は生まれつき政治的な(ポリス的な)動物である」[2]というものである。アリストテレスのこの言葉は、人間は公的な空間を作りだし、そこで政治という営みをする生き物だということである。

 もしも孤独に生きることだけを願う人間がいるならば、それは「共同することのできないもの」であり、人間というよりは「野獣」だろう。もしも他者とのつながりを必要としない人間がいるならば、それは「自足しているので共同することを少しも必要としない者」であり、人間というよりも「神」[3]だろう。

 アリストテレスはこのように「共同体に向かう衝動は自然のうちにすべての人にそなわっている」[4]と指摘しているが、ニーチェは共同体の公的な空間において活動することができるためには、約束する能力が必要であると考える。そしてこの空間において約束することができるのは、自由な人間だけである。「自由になり、真実の意味で約束することができるようになった人間」[5]だけが、政治という活動に従事することができるのであり、そこで「人間そのものが彼のうちで完成されたという意識」[6]をもてるのである。

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「自分は約束を守る「至高の人間」なのか「できもしない約束をするような痩せ犬」(ニーチェ)なのか」の著者

中山 元

中山 元(なかやま・げん)

哲学者、翻訳家。

1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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