自動車雑誌「NAVI(ナビ)」(二玄社)が3月1日発売の4月号で休刊する。“訃報”を最初に聞いたのはフリーライターの永江朗さんからだった。
出版業界を取材先の1つにしている永江さんは、この種の休廃刊情報をいち早くキャッチする地獄耳の持ち主である。しかしNAVIの休刊に関してはご自身の仕事の関わりがあって編集部員から直接に聞いた話らしい。
もちろん遠からずそんな日も来るだろうと思っていた。なにしろ一昨年ぐらいから雑誌休刊数の多さはハンパではない。特に自動車業界は広告量激減という話も聞いていた。
しかし、一方で、NAVIだけは少なくとももうしばらくは大丈夫だろうと思ってもいた。リニューアルして再起を図ろうとしたばかりだったこともある。そして、NAVIはしぶとく生き続けてくれるだろうと信じようとしていた面もある。
なにしろNAVIは自分の出身媒体なのだ。創刊直後に編集に参加し、ほとんど知名度のない状態から育てたという意識がある。子どもが事故に遭った報を聞きつつも、最後まで無事でいてくれているはずと信じようとする、時には事故に遭ったという情報自体が間違いなのではないかと思いたがりまでもする親の気持ちに近いとでも言おうか。
記号学で自動車を評論
休刊は間違いではなかった。後に編集部から正式に連絡があった。そして、ほかならない、その休刊号で、永江さんと対談をさせてもらう機会も与えていただいた。
自分がかつて深く関わった媒体の最終号に登場できるというのは、出版に関わる者として人生の幸福リストの中で5本指に入るだろう。思い出も込めて大いに語らせてもらった。
しかし、紙媒体の限られた誌面では採用されなかった部分も多い。ここではその補完の意味も込めて、もう一度NAVI休刊について、そしてその休刊をきっかけとして、消費社会の中でジャーナリズムが果たすべき役割について書いてみたいと思う。
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筆者が二玄社に採用されたは1986年のことだった。一般採用ではなく、嘱託社員として、そしてNAVI編集部にあらかじめ配属が決まっている形での採用だった。
嘱託社員というと非正規雇用の一種だが、それは筆者の場合、希望してそうなった。というのも、当時の筆者は大学院博士課程の院生だったのだ。
博士課程になって授業の縛りはなくなり、指導教授と週に一度マンツーマンで荻生徂徠(江戸中期の儒学者)のテキストを読むだけだったが、それでも大学に週に何回は顔を出さなければならない。
正規の社員として務まるはずもない。逆に言うと、そんな大学院生を、契約フリーではなく、嘱託の身分とはいえ社員の編集スタッフとして迎えてくれるとは、いかにも懐の広い編集部だった。「仕事がなければ、自分の時間に使っていい」ということで、なんと出社義務はなし。ライバル誌に書くことだけは辞めてくれという契約内容だった。
ただし担当ページを任されるので、そのための会議や取材、編集実務があった。そこで必要に応じて東京・水道橋の駅近くにあった編集部やカメラマンの仕事場などに出かけていた。
もっとも編集部の側も、そこまでして採用したのには、ある程度の期待があったのだと思う。
当時の筆者は言語学、言語哲学を中心に研究を進めていたが、当時、少なからぬ話題を集めていた記号学も視野に入っていた。記号学とは何らかの事象を別の事象で代替して表現する(=記号化)手段について研究する学問を指す。言葉も何かを代替して示しているとすれば記号の一種だし、非言語的な身振りや各種アイコンなども記号とみなされる。アメリカの論理学者チャールズ・サンダース・パースに端を発するアメリカ系の記号論と、スイス人言語学者フェルディナン・ド・ソシュールに端を発して主にフランス語圏で展開された記号学の二流派があり、当時、日本で注目を集めていたのはフランス系のものだった。
記号を、その記号によって示される内容としてのシニフィエ(能記)と、聴覚視覚などに感知される物理的な面であるシニフィアン(所記)という二面から捉えて分析したソシュールの考え方を踏まえ、各種の文化現象に、記号学的分析を加えることが盛んになされていた。
日本記号学会という学会も設立され、筆者も創設記念シンポジウムに出かけたように思う。だいぶ記憶が薄れてしまったが、文化人類学者の山口昌男さんが音頭を取り、作家の大江健三郎氏なども基調講演者として参加していた。大江氏の存在が象徴的なように、一部の新しいもの好きにとどまらず、相当に裾野を広げ、多くの知識人を巻き込んだ知的ブームになっていたのだ。そしてその地盤均しのうえに、いわゆるニューアカのブームが用意されるようになる。
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