「小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 〜世間に転がる意味不明」

われ、それでもクジラを愛す

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2010年3月19日(金)

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 読者諸兄は記憶しておられるだろうか。マイクロソフトオフィスの古いバージョンには、「Officeアシスタント」と呼ばれるヘルプ用のキャラクターが設定されていた。

 ソフトを起動すると、いきなりイルカ(←「カイル君」という名前がついていたのだそうですよ)が出現してあいさつをする。

 で、このイルカは、「何について調べますか?」と不断に呼びかけながら、画面右下(移動可能)に常駐するわけなのだが、あれを可愛いと思った人はいるのだろうか。

 私は邪魔だと思った。目障りだ、チョロチョロすんな、うぜえんだよ、と。さよう、ワードならびにエクセルを立ち上げている時、私は若干心の狭い男になっている。なぜなのだろう。昔からそうだ。ゲイツ氏が憑依するのだろうか。

 とにかく、私は、ごく早い時期に
「何について調べますか?」
 という質問に対して、
「お前を消す方法」
 とタイプした。

 と、カイル君は、顔色ひとつ変えずに「プログラム起動時にOffeceアシスタントを非表示に設定する方法」を教えてくれた。

 なるほど、わりと話のわかるヤツなんだな。
 私は、悪意を解除した。
 謙虚なイルカじゃないか、と。無論、駆除は実行したが。

 ちなみに、Office2003以降、Officeアシスタントはデフォルトでは表示されなくなった。
 おそらく、日本中のユーザーが盛大に駆除したからだと思う。
「イルカのくせに上からモノ言ってんじゃねえよ」
 と。

 問題は、「なぜイルカだったのか」だ。どうして、われわれは、イルカに教えを乞わねばならなかったのだろう。なぜ世界で最も販売本数の多いビジネスソフトの初期設定が、日本ではイルカが人間にものを教える仕様になっていたのか(英語版の初期設定は「ゼムクリップ」だったらしいが)? 

 推測するに、少なくともマイクロソフトは単純に、日本を含む先進国の多くの国民にとって、イルカが「愛すべき」「賢い」生き物の象徴だ、くらいには考えていたのだろう。

 しかし日本人の場合、反応の仕方がおそらく彼らの予想とは少し違っていた。
「いきなりイルカかよ」
「どうしてこの半魚獣は、やたらと説教くさいんだ?」
「ん? なんだ? また環境のお話か?」

 微妙に距離が遠い。
 というよりも、西洋人がイルカを持ち出してくることに対して、わたくしども日本の人間は、かなり以前から、神経質になっているのだ。

「どうしてアニメの女子じゃいけないんだ?」
「“冴子先生”じゃあんまりだよな。アシスタントなんだからもっと可愛くなきゃダメだろ」
「非実在青少年がNGなら、モリゾー&キッコロみたいなゆるキャラを立てるテもあるぞ」
「でも、アメちゃんの考える可愛いキャラは、どうせどこかハズしているからなあ」

 今回は、イルカおよびクジラの話をしようと思っている。
 荒れることは承知している。
 賢明な人間は、この話題には踏み込まない。
 結果、議論のテーブルには、そうでない人々だけが残されることになる。うむ。考えるだに面倒くさい。
 こういう場所にうっかり足を踏み入れ、真ん中あたりに立とうとすると、ものすごい量の反論、反発にさらされる。それも両方向からの。
 
 それゆえ、本心を言うと、私は、この話題には触れたくない。が、週刊でコラムを連載する書き手は、最終的にはトラの尾を踏まねばならない。そうしないと仕事にならないからだ。おそらく21世紀のコラムニストにとって、最も重要な資質は、炎上の火加減を調節する際の手際なのだと思う。まあ、一旦燃え上がってしまったら調節もへったくれも無いわけだが。

 ネット世論の一部には、今回のアカデミー賞で、「アバター」が作品賞を獲り逃した件と、「ザ・コーブ」(「和歌山県太地町におけるイルカ漁の様子を隠し撮りした」と言われる記録映画)が長編ドキュメンタリー賞を獲得したニュースを、ひとつながりの出来事として受け止める見方がしぶとく尾を引いている。

「アカデミー賞って、結局は白人文化の押しつけだよな」
「というよりもハリウッド自体が、アメリカ資本およびアメリカ式消費生活の宣伝機関なわけで」

 彼らは、アバターが選に漏れた理由を、あの映画の主題が旧宗主国の人間や新大陸に進駐した国の国民にとって、いかにも都合の悪いプロットを含んでいたからだ、というふうに邪推している。なるほど。で、ことのついでに、非西欧的な価値と文化の象徴である捕鯨にクギを刺すべく、あえてイルカ虐殺映画に高い評価を与えたのだ、と。

 まさか。
 でも、この陰謀論には、説得力は希薄でも、独特の吸引力ないしは魅力が備わっているのだね。

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著者プロフィール

小田嶋 隆(おだじま・たかし)

小田嶋 隆

1956年生まれ。東京・赤羽出身。早稲田大学卒業後、食品メーカーに入社。1年ほどで退社後、小学校事務員見習い、ラジオ局ADなどを経てテクニカルライターとなり、現在はひきこもり系コラムニストとして活躍中。近著に『人はなぜ学歴にこだわるのか』(光文社知恵の森文庫)、『イン・ヒズ・オウン・サイト』(朝日新聞社)、『9条どうでしょう』(共著、毎日新聞社)、『テレビ標本箱』(中公新書ラクレ)、『サッカーの上の雲』(駒草出版)『1984年のビーンボール』(駒草出版)などがある。 ミシマ社のウェブサイトで「小田嶋隆のコラム道」も連載開始。



このコラムについて

小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 〜世間に転がる意味不明

「ピース・オブ・ケイク(a piece of cake)」は、英語のイディオムで、「ケーキの一片」、転じて「たやすいこと」「取るに足らない出来事」「チョロい仕事」ぐらいを意味している(らしい)。当欄は、世間に転がっている言葉を拾い上げて、かぶりつく試みだ。ケーキを食べるみたいに無思慮に、だ。で、咀嚼嚥下消化排泄のうえ栄養になれば上出来、食中毒で倒れるのも、まあ人生の勉強、と、基本的には前のめりの姿勢で臨む所存です。よろしくお願いします。

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