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“学校の嫁”PTAは同じ、でも尽くす時間は全く違う

2010年4月2日(金)

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 ニュージーランドの学校と保護者からなる「学校共同体」の要であり、また、「保護者立校」ともいえるこの国の公立校を支える存在として、「学校理事会」を中心にこれまで見てきた。

 自治体レベルの教育委員会がないこの国で、学校理事会は個々の学校においてまさに教育委員会の役割をする保護者たちの集団だ。学校経営のガバナンスについて、法的な責任を負っており、よその国からきたぼくにとって、目を瞠(みは)らされる存在だった。なにしろ、一般市民が学校教育という場を通じて、ガバナンスとマネジメントの意識を抱くようになる社会など、考えたこともなかったから。

 その結果、ニュージーランドの学校共同体(学校を求心力にし、保護者を中心とした「ステークホルダー(利害関係者)」からなるコミュニティ)の中心には、「保護者立校」(=わたしたちの学校)であるという誇りと愛着が育ち、学校理事会制度はそのことにまさに寄り添うように遂行されているとぼくは感じている。

 しかし、もうひとつ、この国の学校に関連して、気になる組織がある。
 学校理事会ほど、華々しく活動をしているわけではないし、どちらかというと今は日陰の存在ともいえるかもしれない。

 けれど、20年の歴史しか持たない学校理事会に対して、こちらの歴史は100年だ。学校と保護者を結ぶ共同体のひとつの形として、20世紀の初期に発足し、一定の役割を果たし続けている。

ニュージーランドのPTAは「保護者代表」ではない

 その名を、PTAという。
 日本人であるぼくにはなじみの深い、いわずとしれた親と教師の会、Parents and Teachers Association。

 これまでの議論で、時々、名前だけ登場させつつも、詳しい説明は避けてきた。
 そろそろ、きちんと紹介しておく時が来たと思う。現在のニュージーランドの教育制度の中で、PTAの存在はそれほど重要だと思われていない。日本のように行政から「保護者代表」として扱われたり、数にものを言わせた、いわば圧力団体として機能したりすることも少ない。そのわりには、ほとんどの学校に存在し、「ありてあるもの」として、時にはまるで空気のように存在しつつ、一定の役割を果たし続けている。

 しかし、同じ名前を冠する組織として、その似て非なる部分を見ておくことは、自らを知ることにもつながる。そういった意味で、ニュージーランドのPTAは、実に興味つきない存在だ。

「家庭と学校の会」として始まったPTA

 ニュージーランドのPTAは、1906年に南島西海岸のホキチカの学校で始まったとされる。その時に採用された名称は、「家庭と学校の会」(Home & School Association)。

 アメリカ合衆国ではその10年前にナショナルPTAが発足していたが、それとは別の独立した動きだったと思われる。そもそもアメリカのPTAは最初から全国組織で学校ごとに支部をつくる発想なのに対し、ニュージーランドでは個別の組織が各校にあり、のちに連合組織ができた。その意味では日本のものと似ている。

 PTAという名称が積極的に使われるようになったのは第二次世界大戦前後で、日本でも戦後、GHQ(連合国軍総司令部)によって教育委員会制度とセットになって持ち込まれたということと符合を感じなくもない。

 ぼくは、日本でのPTA活動を通じて、「学校共同体」について興味を持つようになった。だからこそ、ここニュージーランドでは、水際だった活動を展開する学校理事会に目を奪われた。けれど、子どもが通うセントマーチンズ小学校にもPTAがあることは最初から分かっていて、「ではご当地のPTAはなにするものぞ」との興味を募らせていた。

 この場合、「取材」は楽だ。ぼく自身、この学校の子どもの親であり、PTA会員の資格がある。会合に出席するのは非常に歓迎してもらえるので、学校理事会の会議に出つつも、PTAの会合にもほぼ毎回、顔を出してきたのだった。

 ちなみにPTAには、学校理事会のように法的に要求される業務や責任などはいっさいない。だから、学校ごとに組織の形も、活動内容も多様だ。けれど、まず、セントマーチンズ小学校から始める。のちにかなり「特殊」な形のPTAだと分かってきたのだけれど、なにはともあれ、ぼく自身の「定点」はここなのだから。

 

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「“学校の嫁”PTAは同じ、でも尽くす時間は全く違う」の著者

川端 裕人

川端 裕人(かわばた・ひろと)

文筆家

1964年、兵庫県明石市生まれの千葉育ち。日本テレビの記者を経て作家に。『夏のロケット』が第15回サントリーミステリー大賞優秀作品賞、「SFマガジン」で「青い海の宇宙港」を連載中。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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