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グーグルと中国のケンカの狭間で

2010年3月26日(金)

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 グーグルが中国本土での検索事業から撤退する旨を表明した

 びっくりだ。
 なにしろ、相手は世界一のインターネットユーザーを抱える世界最大の市場だ。

 というよりも、ちょっと先の未来を考えれば、中国市場は、世界最大どころか、世界の半分かもしれない。こういう国を敵にまわして、グーグルは、この先、どうやって商売をするつもりでいるのだろう。

 昨年末以来、中国政府とグーグルが色々とやり合っていることは知っていた。
 やれ中国からのサイバーアタックがあったとか、いいがかりだとか、人権活動家のGメールへの組織的なハッキングがどうしたとか、被害者はむしろ中国政府だとか、お互いに非難を繰り返しては対立を深めていた。

 そんな中、グーグルは、
「中国における攻撃と検閲の状況が変わらなければ、中国でのサービス提供を断念する可能性がある」
 と、昨年の12月の段階で、既に、撤退を示唆している。

 そう。これは、藪から棒に起きた出来事ではない。表だって事件化してから数えても四カ月、発端に遡ればもう何年も前からくすぶっていた火種だ。

 が、グーグルの撤退については、私は、どうせハッタリだと思っていた。
 だって、撤退はいかにも無理筋だったからだ。だから私は
「中国相手にブラフをカマすとはいい度胸だ」
 ぐらいな気分で、なまあたたかく事態を見守っていた。

 実際、グーグルのような規模の企業が示唆する「撤退」の二文字は、これは、かなり熾烈な脅迫になる。
 普通の国はひとたまりもない。
 たとえば、うちの国だったら、官民挙げての大騒動になる。
 「グーグルが去ることは国際社会からのダメ出しに等しく、世界から取り残されて云々」
 と、目の据わったキャスターがカメラ目線でかきくどくと思う。目に浮かぶようだ。

 一方、中国市場からオミットされるという事態は、世界中のほとんどすべての企業にとって、悪夢以外のナニモノでもない。国際展開を考えている情報企業であるのならなおのことだ。中国は、世界の中心ではないかもしれないが、たとえ周縁だとしても、中心よりもはるかにデカい。無視できるはずがない。

 ともあれ、この両者の争いは、決して別れられない腐れ縁の夫婦の口げんかと同じことで、どうせ本気ではないのだ、と、私はそのように見なしていた。キツいことを言い合っているようでも、本当は条件闘争をしているだけで、決裂が不可能であることは、お互いに了解しているはずなのだ、というふうに。

 メディアも、この件については、「一歩引いた報道」に終始していたといって良い。
 新聞もテレビも、どちらに付くことも無く、いずれを非難することもせず、ただ最小限の事実関係のみを伝えて、うすら寒そうに事態を傍観していた。省力報道、あるいは、減力放送。彼らの注目は、もっぱら、やんごとなきあたりの小学二年生の5日ばかりの不登校に注がれていた。ま、平和だということなのかもしれないが。

 報道各社の人々もまた、私と同じように、グーグルと中国の間のやりとりを、誇張された痴話げんかぐらいに見なしていたのだろうか。あるいは、記者諸君は、中国の機嫌を損ねることを恐れて、見て見ぬふりをしていたのかもしれない。おなじみの安全策。木彫りの猿の人形みたいに、目の上に両手を添えて見ないふりをする、あの処世だ。

 真実は、視界を塞ぐ指の隙間から、ほんのちべっとだけ盗み見るのみ。
 見て、でも、何も言わない。何が見えていようとも。今度は口に手を当てる。誰かに何か言われたら、その手を耳に持っていく。万全のカテナチオ戦術。世界の屋根裏のことなんか知らない。見たことも聞いたこともない。だから何も言わない。

 もしくは、メディアの人々は、むしろ、グーグルとコトを構えることに対して慎重になっていたのかもしれない。

 たしかに、グーグルみたいな企業の反対側に立つことは、たいへんに薄気味の悪いことだ。
 というのも、メディア企業は、この先、どこであれ、大きな意味では、グーグルの代理店みたいなものに変貌せざるを得ないのかもしれないからだ。

 さてしかし、わたくしども臆病な傍観者の願望的予測を裏切って、グーグルは、本当に撤退する決断を下した。
 驚くべき判断だ。
 大丈夫なのだろうか。

 いや、私はグーグルの将来を心配しているのではない。
 中国の先行きを懸念しているのでもない。

 中国であれグーグルであれ、そういう巨大な存在が傷を負うことになれば、われわれとて無事では済まないぞ、と、そこのところを私は憂慮している。さよう。われわれは、アメリカがくしゃみをすると、律儀に風邪をひく国の国民として、長らく国際社会の揶揄の対象になってきた。が、もはや、震源はアメリカ一国ではない。病態は万国に満ちている。中国が風邪をひけば、トヨタが肺炎になるかもしれないし、グーグルが風邪をひけば電通は脳挫傷で倒れるかもしれない。それほど世界は狭くなっている。

コメント66件コメント/レビュー

ネット上の「必死だなw」はネット上の、他人から見たらどうでもいい争いで相手を言い負かそうとしてなりふり構わなくなっている書き込みを、そのレベルの低さを笑う言葉であって、仕事や人生に必死になっている人を笑う文化は2chにもないと思いますよ。日本人が全体としてハングリー精神に欠けてきているのはそうかもしれないと思いますが、それはまた別の話で。(2010/04/05)

「小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 ~世間に転がる意味不明」のバックナンバー

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「グーグルと中国のケンカの狭間で」の著者

小田嶋 隆

小田嶋 隆(おだじま・たかし)

コラムニスト

1956年生まれ。東京・赤羽出身。早稲田大学卒業後、食品メーカーに入社。1年ほどで退社後、紆余曲折を経てテクニカルライターとなり、現在はひきこもり系コラムニストとして活躍中。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

ネット上の「必死だなw」はネット上の、他人から見たらどうでもいい争いで相手を言い負かそうとしてなりふり構わなくなっている書き込みを、そのレベルの低さを笑う言葉であって、仕事や人生に必死になっている人を笑う文化は2chにもないと思いますよ。日本人が全体としてハングリー精神に欠けてきているのはそうかもしれないと思いますが、それはまた別の話で。(2010/04/05)

グーグルの言っていることは建前だと思わない人がなんで多いのでしょう。素直に受け取っちゃうのかな?そんなに検閲嫌いなら、最初から進出する前に、中国政府とやりあっているべきなのに、今頃言うということは、どう考えても別の理由だと思いますが。いずれにせよ、どちらかが正義で、残りは悪という単純な考え方はどうかと思いますが。(2010/04/01)

既にコメントしたし、もう誰も読まないだろうけど異動してしまう担当Y氏への敬意も含めてもう一言。状況によって”ケンカ”にいたる理由も様々でしょうが、ケンカの定義のひとつとして”お互い理性を失っている状態(損得勘定ができない)”、”面子がかかっていて後ろに引けない”ということがあると思います。グーグルの問題はどう見ても上記の2つが当てはまると思うのですがどうでしょうか?その意味でも“ケンカ”で今回の事件を料理したこのコラム結構内容が深いと思います。あと後半の小噺に突っかかっている人がいますが、あれはタダの洒落で読者サービスのようなもの。オダジマさんのコラムはたいてい前半部分に言いたいことが書いてある場合が多いと思います。作者はその部分で意図的に結論めいたことを書かないようにしているのだと思います。提供するのはその問題の見かたであって、それをどう判断するかは読者にゆだねているのではないでしょうか?追伸:オダジマさんへ、今年に入ってから絶好調ですが、担当が変わっても手を抜かないように、お願いしますよ。(2010/03/31)

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