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72. カフェー左翼の三大モテ要素は信仰・正義・ロックンロール

~4月病文学入門2010(2)

  • 千野 帽子

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2010年4月14日(水)

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 日直のボウシータです。「4月病文学入門2010」、第2回です。

 前回書いたとおり、19世紀の小説(とくに市民社会が早くから高度に発達したフランスや英国)の小説では、不道徳で悲惨でスキャンダラスでショッキングなことを取り上げるようになる(ただしヴィクトリア期の英国にはいっぽうで性表現への強い規制の意識があり、露骨な性表現を含む小説は地下出版だったそうだ)。つまり、現在の小説の直接のご先祖さまが最初に現れたのが、19世紀ヨーロッパだったといえよう。

 そんな小説は、良識ある人々から見れば「嘆かわしい」「けしからん」=「悪い」ものであり、他方、小説ファンからすればこれは「人間性の解放」「社会告発」=「いい」もの、ということになるわけだ。

 一篇の小説をめぐって、いっぽうには「けしからん」「くだらん」「不快である」と言って怒ったり無視したりする人たちがいる。他方にはその人たちを「この小説にたいしてそんな反応をしているあいつらは旧弊で頭の固い奴らだ」とか「差別的で抑圧的な奴らだ」と言う反抗者の群がいる。ものすごく簡単に言うとそんな感じなところで前回終わってました。

*   *   *

 小説がビッグビジネスとなっていった近代という時代は、その立ち上げの時点では、それ以前の身分制度や社会規範や宗教や道徳から自由になっていこうという形をとるわけです。

 近代以前というのは原則として、

「いままでこうだったんだから、これが正しいのだ」

という規範が強い時代だった。なにかが変わるときは、暴君が出てきたり政変が起こったり叛乱で政権が転覆したりして、がらりと変わってしまう。

 近代もフランス革命のように暴力的な変化があるけれども、でも原則は話し合いで決まる。

「いままでこうだったからといって、それを守り続ける必要はない。みんなで話し合って、どんどん合理化して、無駄な制約は撤廃しちゃおう」

という考えかたですね。

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