上野千鶴子氏が女性向けに書いた『おひとりさまの老後』につづき、男性の老後を扱った『男おひとりさま道』がよく売れている。高齢化社会をむかえ、どう老いていくかを真剣に考える人が多くなったのだ。
『東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ』のベストセラーで知られる遙洋子氏は上野千鶴子氏の教え子である。
社会学者の師匠がフィールドワークで明らかにした「老後」の姿を、弟子は自らの体験を元に深掘りした。それが本書『死にゆく者の礼儀』である。
「無理をしない」と「意地」との狭間で
遙氏は1994年に父を、2007年に母を見送った。
父は晩年に認知症を患い、脳梗塞によって喋ることも動くこともできなくなった。かたや母は最期まで頭がしゃんとしていて、徐々に体が不自由になっていった。遙氏は対照的な両親の老いを経験することになる。
ばくぜんと「親が老いたらどうしよう」と考えている人は多いが、具体的に介護保険の内容や老人介護施設のサービス内容を調べようとする人は少ない。また、たとえ下調べしていたとしても、本番になれば次から次へと経験したことのない事態が起こってくる。だから、〈老いは、万人にとっても未知だ〉。
私事だが、評者の私も4年前の義母(妻の母)の死につづき、昨年9月に義父(妻の父)の介護と見送りを経験している。
遙氏と私では、介護に向かう環境も心構えもかなりの隔たりがあることを念頭に置きながら、それでも身につまされる思いで本書を読了した。
父の介護で未知の領域に突入した遙氏は、父との意思疎通ができなくなることに苦しむ。一度は遙氏の結婚を許したのに、認知症ですっかり忘れてしまったこともあったという。婚約を台無しにされた遙氏は、〈私は忘れた父に老いへの怒りではなく、これが老いなのだと悲しんだ〉。
父の見送りを終え、今度は母が介護状態になったとき、遙氏は無理をしないことに決めた。
〈仕事はせねばならない、しかし合間に介護もし、たまには休みもする。それは、それぞれが自分のためであり、長期介護に向きあうためのバランスだ〉と自分に言い聞かせた。
いつの間にか、兄夫婦は母のわがままに付き合うことが介護の中心になり、末娘の遙氏は〈なにもかもが自分の思い通りにならない母の悔しさに付き合う〉ことに注力する、という分担ができあがっていく。
自分の経験を自嘲気味に〈中途半端な介護〉という遙氏だが、はたから見ると、「もっと肩の力を抜けばいいのに」と声をかけたくなるほど真剣に介護に打ちこんでいる。
ベッドかソファーでじっと寝ている母を少しでも外出させようとしたり、母の話し相手になれるよう、誰もそばにいない曜日や時間をねらって実家に寄ったりする工夫もした。
嫁が車椅子を押してくれないと母が嘆いたときは、電動車椅子を買ってあげたりもしたし、しかも、1台40万円もすることを母に気付かれないよう、値段は3万円であるとお店の人に口裏をあわせてもらった。
極めつけは、母がユッケを食べたいと言ったときのこと。
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