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「通勤に費やされる骨折り」や家事は労働なのか

「働く」その7

2010年5月27日(木)

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シャドウワーク

 そしてこの観点から眺める限り、労働活動を支えるさまざまな営みは、生産性の低い、補助的な活動として貶められることになる。それをもっとも象徴的に示すのが、女性の家事だろう。労働者が生産活動に従事するためには、食事をし、休息し、睡眠しなければならない。資本主義社会においては、これらの活動は女性が担当するものとされていた。そしてこうした活動には、賃金は支払われないのである。

 フェミニストたちがかつて、女性の家事労働にも賃金の支払いが行われるべきであることを主張したのは、ある意味では当然の要求だった。「家事労働は、労働力再生産の労働である」[1]のは明らかであり、多くの女性たちは家庭の男たちが「聖なる」労働に従事するために必要な条件を整えるために、「聖なる」労働を諦めることを強いられたからだ。

 これは女性には「人間の本質」を実現することを拒むということである。だからこの労働を強いられた人々が、「この再生産労働に対して、それを担う個々人への保障をはっきりさせよう」[2]と願うのは当然なことであり、それが認められないのであれば、「無償の再生産労働を担い続ける存在としてあることに叛旗をひるがえす決意をする」[3]のも自然なことだろう。

 女性のこうした家事労働は、支払われない労働として、社会での生産活動が可能となるための条件として前提されているのである。ただし家事労働が資本主義のありかたそのものを可能にする条件であるとすると、この要求を実現するのはきわめて困難なことだろう。これは影の労働、シャドウワークなのだ。

 このシャドウワークというものが、資本主義の社会とともに登場してきたことには注意が必要である。それまでの時代にも、女性が家庭の仕事をするのは、ごく一般的なことだったが、現代のような「不払い労働」という意味はもっていなかったのである。

 これについては、このシャドウワークの概念を作り出したイリイチのヴァナキュラーという概念が参考になる。これは「自国で作りだしたもの」というような意味であり、イリイチは「家で作られたり、家で織られたり、家で育てられたりしたものであって、市場用に定められたものではなく、家庭においてのみ使われるもの」[4]と説明している。たとえばブロイラーとして育てられている鶏は、市場向けの製品であるが、田舎の庭を駆け回っている鶏は、ヴァナキュラーな生き物である。

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「「通勤に費やされる骨折り」や家事は労働なのか」の著者

中山 元

中山 元(なかやま・げん)

哲学者、翻訳家。

1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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