お酒は好きだが、家では飲まない。居酒屋やバーで、居合わせた人々と四方山話をしながらゆっくりと酔っていく、あの感じが好きなのだ。
でも、スナックには行かない。料金体系がよくわからない、中の様子も見えない。行くきっかけもない。
行かないからこそ、あの扉の向こうで毎夜どんなことが行われているのか、オジサンたちは何を求めて店に通うのか、ぼんやりと気にはなっていた。
そんなときに読んで「ああ、そういうことか」とヒザを打ったのが、この本。
本書は、写真家、編集者など様々な顔を持つ著者が、〈2008年12月から1年間にわたって、東京の渋いスナックを毎週1軒訪ね歩いた〉記録であり、〈新宿、四谷、六本木、銀座、鶯谷、赤羽、大森……なるべくいろんな町のスナックを紹介したいから、とにかく毎晩のように呑みに行った〉汗と涙とアルコールの集合体だ。
スナックに“名物ママ”あり
ところで、「立ち飲み屋ブーム到来!」「ユニークなサービスのバー発見!」など、雑誌やテレビで“飲み屋”が取り上げられることは多い。
しかし、「スナックの名店を探せ!」という特集は目にしたことがない。なぜか。スナックが特殊な空間だからだ。良くいえば地元密着型。悪くいえば閉鎖的。
前書きにはこうある。
〈スナックという空間はライブなコミュニティの、情報交換の場として機能しているということだ。夜の井戸端会議場。だから事件記者は、なにか事件が起こると、まず地元のスナックに情報を集めに行く〉
そして、驚くべきはその数。
〈いま日本には27万とも10万ともいわれる数のスナックがある〉
数字だけではいまひとつピンと来ないかもしれないが、コンビニの総数が約4万3000店だといわれれば、ちょっとびっくりしないだろうか。
少子高齢化社会といわれて久しいが、もしかして、おもに高齢化した方々が集うスナックこそが、現代日本における(夜の)表舞台、社交場なんじゃないか。そう思えてくる。
収録されているのは、都内約50軒のスナック。900ページ弱という堂々たるボリュームは、さながらカラオケの歌本だ。
この本を読むと、スナックには必ずといっていいほど“名物ママ”(ときにマスター)がいることがわかる。
〈スナックはあくまでカウンターを介して店の従業員が客に飲食を提供する施設。(中略)なので風営法の範疇に入る飲食業の中でも、スナックはいちばん開店が容易で、シロウトが参入しやすい業態となっている〉(前書きより)
つまりは、企業のマーケティングや飲食業のセオリーにとらわれない、(当初は)プロではない人が店を出すパターンが多いのだ。
こうして、“名物ママ”が生まれる。都築氏が取材するのは、彼女たちの半生記。本来ならば、常連になって何年も通った末にようやく知ることができる貴重な体験談である。
彼は、あくまでも真摯に、そして親身に向き合う。そして、ママたちは皆、徐々に胸襟を開いていく。この空気の変化こそが、この本の真骨頂だ。
決して楽しい話ばかりではない。青森のリンゴ農家に生まれ、高校卒業とともに上京。数々の職を経て初めての水商売がスナック、という思い切りのいいママ。17年間も父親を介護しつつ、3人の子供が義務教育を卒業するまではお酒を一滴も飲まなかったという、がんばりやのママ。
カウンターの向こうには大いなる人間ドラマがある。ときどき、お客さんが会話に入り込んでくるのも、いい具合にライブ感を演出。まるで、いっしょに聞いているかのような錯覚さえ覚える。
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