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技術が進展するほど精神は怠惰になり退化する

「働く」その9

2010年6月10日(木)

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自然の侵害と人間の幸福

 ニーチェはこのように西洋の禁欲的な労働道徳の背後にある「系譜」を明らかにしたが、労働と自然との関係について、ヘーゲルやマルクスの伝統とは明確に異なる視点を提供してくれる。ヘーゲルやマルクスは労働によって自然を加工することが、人間の歴史を作りだしたものとして高い価値を与えていたが、ニーチェはこうした見方を否定する。それは人間の驕り(ヒュブリス)なのである。

 「自然に向かうわたしたちの姿勢のすべては傲慢(ヒュブリス)である。機械を使って、自然への配慮のない技術者や工学技師の発明の助けを借りて、自然を制圧しようとすることはすべて傲慢である」[1]

 ニーチェから強い影響をうけていたフロイトは、傲慢という観点ではなく、こうした技術が人間の幸福にもたらしたものについて考察する。そして技術の進歩にかかわらず、人間は文明化された社会のうちで、幸福にはなっていないことを指摘する。

 「この数世代のうちに、自然科学とテクノロジーの応用の分野で、異例なほどの進歩が実現しており、わたしたちはかつては想像もできなかったほどに強力に自然を支配するようになってきた。……それだというのに、人生に期待している快楽の満足度が高まったわけではないし、人間が以前よりも幸福になったと感じられるわけでもないのである」[2]

 フロイトは、西洋の文化が自然を制御し、制覇しているにもかかわらず、人間が作りだした禁欲的な文化のために、人々は自然な欲望を実現できず、不幸に感じているという事実を指摘する。「社会がその文化的な理想を達成するためには、社会の成員に欲望を断念するように強制する」[3]のであり、市民がこの禁欲的な社会の中で神経症になるのは、「この断念に耐えきれなくなった」[4]ためだと考える。このフロイトの指摘も、キリスト教の倫理のもとで、資本主義の社会の中に生きる人々の運命を照らしだすものであろう。

ハイデガーの技術論

 近代の科学技術が、自然にたいしてある特有の姿勢をとっているために、人間に重要な影響をもたらしていることを指摘したのがハイデガーであった。ハイデガーは近代技術には、「あらわにあばくこと」[5]という性格があると考える。「近代技術の中で統べている〈あらわなあばき〉とは、自然に向かって、エネルギーとして搬出され、貯蔵されうるようなエネルギーを供給すべき要求を押し立てる徴発なのである」[6]

 かつては農夫は畑を耕していたが、それは「耕地を徴発する」ようなものではなかった。「穀物の播種にあっては、その芽生えは成長力に委ねて、その繁殖を見守る」[7]のであった。しかし現代の技術では、「徴発の意味において自然を立たせるのである。耕作は今日では、動力化された食品工業である」[8]。大地から石炭を堀りだし、河川を堰止めして水力発電を行う。すべてエネルギーを取り出す徴発的な営みである。

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「技術が進展するほど精神は怠惰になり退化する」の著者

中山 元

中山 元(なかやま・げん)

哲学者、翻訳家。

1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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牛島 信 弁護士