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79.「表現」とは、原則として「悪い快感」のためにある。

  • 千野 帽子

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2010年6月9日(水)

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 日直のボウシータです。前回にひき続き、〈正しいことを、自動的に、声高に言う人たち〉の話です。

 先日も「萌えキャラ満載の男子用ライトノベルは女をオブジェ化し家父長制に利する男権的コンテンツであるから、批判されるべきである」的な糾弾発言を、表現をめぐる学術シンポジウムの場で耳にしました。

 この発言をしたのはXさんという学者で、昨今のライトノベルにも通暁していらっしゃいます。「正しいもの」ではない文学作品を見つけたら、黙っていられない。胸毛ボーボーに勇ましい口調で差別を糾弾する。ライトノベルやオタク文化のなかにあるさまざまな表象を、「大義」にのっとって、これは合格、これは失格、と仕分けできる勇ましい人でした。

 この専門家によれば、戦前のある少女雑誌の編集方針には、大いに批判されるべき点があるそうです。それはなにかというと、編集部が「わが誌は投稿欄に投稿する読者たちをプロの作家にしない、したことがない」と誇らしげに公言していた、ということらしいのです。

遠い朝の本たち』須賀敦子 著、ちくま文庫、699円(税込)
NANA』1~21巻(刊行中)、矢沢あい 著、集英社、410~420円(税込)

 当時はインターネットなんてありませんから、全国に散らばる未知のお友だちどうしを繋ぐ雑誌投稿欄は、少女雑誌の目玉のひとつでした。そんな少女たちの投稿を掲載することによって売り上げを伸ばし私腹を肥やしておいて、少女たちの前で出版界へのルートはしっかりと閉ざしてしまっていた、けしからん、ということなのでしょう。

 たしかにそれはズルいように見えます。搾取であり収奪である、と言われたら、そうではない、と強弁することはできない。

 《少女の友》を読んで育った田辺聖子や須賀敦子(読書回想録『遠い朝の本たち』で《少女の友》の思い出を語っている)が、戦後に文筆家として立ったけれど、少女雑誌が戦前からもっと門戸を開けるような社会だったら、女性作家が戦前からもっとたくさん世に出ていたかもしれない。それはそうでしょう。

 また、「親御さんの保護下にあるたいせつなお嬢さんたちが、作家などというヤクザな商売を志すようなことがあってはならぬ」という考えかたは、少女漫画誌の公募新人賞から10代の女の子がプロ作家としてデビューしてきた戦後漫画史を思えば、いかにも窮屈で女性差別的です。あの大ヒット作『NANA』の矢沢あいも、「りぼん漫画スクール」出身なのですから。

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