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過去の労働を再編するように生まれた新たな労働の姿

「働く」その10

2010年6月17日(木)

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労働と技術の「負の遺産」

 アドルノとホルクハイマーが『啓蒙の弁証法』で描いた人間の「主体性の原史」は、このように暗いものだった。理性はもはや道具的なものとなり、目的を定めるためではなく、手段をみつけるために役立つにすぎない。この著書がターゲットとしているのはナチスの全体主義だった。ファシズムの嵐の中で、著者たちには人間の労働も、理性の営みも、破滅の淵に進んでいるかのようにみえたのである。

 ただ、このペシミズムのうちには、西洋の科学技術のありかたを批判するまっとうな視点が含まれていることも忘れてはならないと思う。そしてファシズムが西洋の民主主義の伝統の「鬼子」であり、特別な逸脱であるのではなく、西洋の理性の伝統をつきつめたところで現れうる一つの帰結であったという視点は、重要な意味をもっているのである。

 労働することは、人間をその内側から変えてゆくものであることは、ヘーゲルの主奴論が奴隷の労働を分析しながら明らかにしたことだ。そして労働は人間の内側だけではなく、自然に刻印を残し、自然を侵害し、自然から不自然なものを作りだす。その不自然なものは、やがて人間と自然を破壊するかもしれないのだ。

 たとえばすでに指摘したように、原子力発電で利用される核反応によって、自然のうちに存在しない元素が作られる。そして同時に、放射線学的な毒性が数百万年も残りつづける長寿命の放射性核種を作りだす。これは廃棄物として、安全に処分しなければならない。人間の生活の便宜のために利用した核反応が、将来の世代の人間に巨大な負担をもたらすのである。これは科学技術と、自然に働きかける人間の労働が作りだした思わぬ副産物である。

 現在の計画では、こうした放射性廃棄物は数百万年にわたって地質学的に安定している地下の深い場所に埋蔵して処分することが計画されている。アルプス山中や北欧の海底には、こうした地質学的に安定した場所が存在することが確認されており、最終処分の計画が推進されている。しかし火山列島である日本には、そのような安定した場所はみつけられそうにもない。

 そしてこの廃棄物は原子力発電所のサイトに貯蔵されているが、その貯蔵能力も限界に達しつつあり、これを処分することは重要な経済的な課題となりつつある。さらに原子力発電の恩恵をうけた世代が、将来の世代に大きな負担を与えずにこの廃棄物を処分することは、倫理的に大きな課題でもある。

 自然を加工する労働と技術は、ヘーゲルの主奴論では、人間の進歩を生みだす原動力となった。しかしこれは「無害な」ものではなかったのである。チェルノヴィリ発電所の事故は、周囲の地域に破壊的な被害を与え、数百万年にわたって、修復不可能な状態を実現した。過去の労働と技術の利用が、場合によっては現在と将来の労働と技術にとって大きな「負の遺産」となるのである。

グローバリゼーションの時代の労働

 最後に、現代のグローバリゼーションにおける新たな労働の特徴を簡単にみてみよう。放射性廃棄物の処分という作業が、過去の労働と技術の負の遺産を解決するために、新たな労働と技術の課題を作りだしたのだったが、グローバリゼーションの時代にあっては、過去の労働を再編するような形で新たな労働が生みだされている。

 その一つが、これまで「影の労働」として、賃金の支払われない労働であった活動に、新たな労働の市場を作りだそうとする動きである。過去においては、老いた両親の介護は、子供たちが無言で担うべき活動だった。しかし現代では、この労働分野が一つの重要な市場となりつつある。

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「過去の労働を再編するように生まれた新たな労働の姿」の著者

中山 元

中山 元(なかやま・げん)

哲学者、翻訳家。

1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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