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あれは相撲の「美」を守るためではなかったのか?

2010年6月18日(金)

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 このたびの大相撲の不祥事について、私はあまり同情的な気持ちを持っていない。
 というのも、角界には、朝青龍を排除するに当たって盛大にきれいごとを並べた人たちが居残っているからだ。

 やれ国技だ文化だ伝統だと、彼らは、自分たちの関わっている興行について、歯の浮くような美辞麗句を言いつのっていた。曰く、相撲の美、横綱の品格、無言の掟、民族のDNA。武士の覚悟。ほのぼの麗句。

 なるほど。よくわかった。
 私は納得した。大相撲の世界が彼らの言うように、美しくも正しい文化的な結界であるのだとしたら、私の大好きな朝青龍は、その清廉な小宇宙にはなじまない異分子だったはずだからだ。ドルジは乱暴者だった。身勝手でもあった。ファンのひいき目で見ても教養溢れる紳士というわけにはいかなかった。ごくごくありきたりな二十代の粗野な青年であったに過ぎない。

 だから、そのがさつで傲慢で粗暴なファン太郎を、角界は、追放した。それは仕方のないことだった。

 私の朝青龍は、強くて愛嬌があって機転の利く真にアウトスタンディングな力士だった。人間的にも素晴らしく魅力的だった。が、「横綱の品格」のようなものを問われるなら、そういうむずかしいものは、やはり、備えていなかったからだ。

 ……仕方がない。
 私はあきらめた。
 私は朝青龍をあきらめ、ついでに相撲もあきらめた。そう。相撲界の人々、すなわち協会とNHKと評論家と横綱審議委員会と再発防止委員会の面々は、相撲の美を守るために朝青龍をあきらめたのかもしれないが、私の立場は違う。一相撲ファンである私が朝青龍をあきらめるためには、相撲も一緒にあきらめないとならない。そうするほかに選択肢がなかったのだ。

 ドルジなき後の大相撲は、きっと正しく文化的で教育的な国技として広く善男善女に愛されることになるのであろう。よろしい。私はそんなものに用はない。

 私が愛していた相撲は、時に荒くれた、半裸の男たちのぶつかり合いだ。
 その太古の時代の猛々しさを残した素朴な格闘技には、朝青龍が不可欠だった。
 そうだとも、あいつが居ないのならオレは見ない。
 というわけで、今年にはいってから、私は相撲中継を見ていない。

 ところが、その清く正しく文化的であるはずの品格ある大相撲の世界には、なぜなのかどうしてなのか、野球賭博に手を染める面々が多数含まれていたのだそうだ。
 それも、ただの仲間内の手慰みではない。
 暴力団にかかわりのある賭博だ。彼らは、そのハンデ師がハンデを切るところから始まる著しく反社会的なバクチに乗っかっていたといわれている。

 話が違うじゃないか。大相撲は国技で文化で神事で伝統で美しい所作の極致だったはずではないのか? だからこそ文部科学省は日本大相撲協会を公益法人として認可し、様々な特権を付与してきたのではないのか?

 ……と、いつまでも白々しい話をするのはやめておく。
 本当のことを言う。

 大相撲の世界が暴力団とズブズブであることは、昔からのファンなら誰でも知っている。当然、私も知っていた。実際に国技館に行ってみればイヤでもわかることなのだ。いつ観に行っても、前の方の席には一目でそのスジの人間とわかる人たちが、公然とタムロしているからだ。非常にのびのびと。

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「あれは相撲の「美」を守るためではなかったのか?」の著者

小田嶋 隆

小田嶋 隆(おだじま・たかし)

コラムニスト

1956年生まれ。東京・赤羽出身。早稲田大学卒業後、食品メーカーに入社。1年ほどで退社後、紆余曲折を経てテクニカルライターとなり、現在はひきこもり系コラムニストとして活躍中。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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