ドラゴンクエスト(以下、ドラクエ)といえば、たいていの人がご存じだと思うので、引き合いに出すとしよう。このゲームを紹介するとき、大きく分けて2つの方法がある。
1つは、ドラクエそのものを紹介する方法である。「1980年代に出たファミコンソフトであり、本格的RPGであり、少年ジャンプの鳥山明の絵が受けて大ヒットし……」といった具合だ。
そしてもう1つ、外から攻めていって浮き彫りにする方法がある。たとえば、「指輪物語」以来のファンタジーから話を起こしたり、当時の主流、スーパー・マリオ・ブラザーズなどのアクションゲームと比べて説明したりする。先の方法が「粘土をこねて像をつくる」だとしたら、こちらは「まず枠をつくってから粘土をつめる」だ。
社会学には共通の基礎理論がない
少し考えれば分かるが、前者の方が単刀直入で誤解も少ない。後者だと、外側をすべておおわないと完成しない。回りくどく、時間もかかり、大変だ。なのに、この『社会学入門』は、あえて後者の方法で社会学を説明する。「社会学とはこういう学問です。こんな分野があります」ではなく、〈世界の側から社会学を見る〉という方法をとる。
なぜそんな方法をとるのか? 大変なのに。
それは、〈社会学においては、「誰でもが共通の土台としてふまえる基礎理論」がはっきりと見あたらない〉からだという。
これはつまり、「ドラクエはRPGです」という人もいれば、「いや、ドラクエはアドベンチャー」だという人がいたり、「ドラクエ1とドラクエ2がシリーズとは言えない」という人がいたりするようなもので、ドラクエってそもそも何なのかよくわかんない、ということに等しい。
しかし、本当にそうなのか。そんなことってあるのか。この著者の個人的見解に過ぎないのでは?
そう疑った評者は、もう1冊、『不思議なくらい見えてくる! 本当にわかる社会学』(現代位相研究所編)という本を読んでみた。これも入門書だが、こちらは前者の方法、つまり社会学の各分野を広く紹介している。
この本の前書きが、またすごい。
「社会学という学問のあらましを知ることによって、社会とは何であるのか、余計にわからなくなることすらあるだろう」
「『社会のことを知るために、社会学を学ぶ』という道が、実は迷路以外の何物でもないということを、あなたは本書を通じて知ることになるだろう」
「しかし、それでよいのだ」
いいんだ!
バカボンのパパも真っ青だ。前書きにこんなことを書いて、はたして先を読み進める気になるのか心配だが、どうやらそういうものらしい。よくわかった。わかりました。とにかく社会学というのは、よくわからない学問だと。
しかし、一体何でそんなことになってしまったのか。そんな、共通する基礎理論もない、学べば学ぶほどよくわからなくなる学問に、どうして社会学はなってしまったのか。
言い換えると、
「社会学はどういう学問だから、そんな宿命を負ったのか?」
話を戻すと、これが、本書『社会学入門』のテーマである。
本書の慎重な著述をすっとばして結論だけいうと、それは、
〈社会学とは「近代とは何か」を問う学問である〉から、ということになる。
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