(前回から読む)
「自分の人生はこれでいいのだろうか」という問いに取り憑かれる中年の危機に、アメリカの男女がそれぞれどのように対応するか、前回は恋愛や結婚・家庭生活を中心にのぞいてみた。恋愛感情や性にまつわることがらの多くがそうであるように、そこに表れる男女の悩みは、切実でも深刻でもあり、同時にはたから見ると滑稽でもあることが多い。
今でこそ、「ミッドライフ・クライシス」という言葉は、家庭生活の束縛や性生活の倦怠からの解放や刺激を求めて、スポーツカーを買ったり若い相手と浮気をしたりする中年、というイメージが定着しているが、もともと1960年代に「ミッドライフ・クライシス」という表現が生まれたときにそれが指していたのは、中年期に入って自分の才能に疑問を持ち始める芸術家たちの、「自分はこれだけの人間なのか?」「自分が成し遂げられるのはこれでおしまいなのか?」という、自らの現実との闘いであった。今回は、そうした初心に立ち返って、キャリアにおけるミッドライフ・クライシスを見てみよう。
これまで犠牲にしてきたものが取り戻せないことに愕然
仕事におけるミッドライフ・クライシスを経験するのも、典型的には男性である。
産業社会アメリカにおいて、ミドルクラスの男性の地位やプライドは、一般的に、財力と権力に根ざしている部分が多かった。ゆえに、それを求めてまっしぐらに走り続けてきたにもかかわらず、それが手に入らない、あるいは一度手に入れたものを失ってしまう、といったときに、男性は大きな危機を迎える。
とくに不況期には、自分の能力や実績にかかわらず、収入が低下したり職を失ったりする男性は多い。そうしたなかで、状況の不条理に対して怒りをぶつけるだけでなく、「今まで自分がやってきたことはなんだったんだろう」という問いを自分に投げかけるようにもなることが多い。
しかし、よりありがちなミッドライフ・クライシスは、財力や権力が手に入らなかったりそれを失ったりして悩むというよりは、財力や権力の追求を優先した人生に疑問をもつようになることから生じる。
野心に燃えてがむしゃらに働いた20代や30代を経て、それなりの地位や収入を手に入れたものの、中年期に入ると、まったく新しいことを学ぶ刺激は減少するし、やりがいや満足度が責任に比例して増大するわけではない。金や地位があっても幸せにはならないという認識に至るいっぽうで、がむしゃらに働く過程で自分が犠牲にしてきたもの――家庭生活や友人との交友関係、健康、自分が本当に好きなことに使う時間など――が、今となっては取り戻せない状態になっていることに気づいて愕然とする。こうした状況のなかで、いわゆる「燃え尽き症候群」となるのがミッドライフ・クライシスである。
スポーツカーの購入や若い女性との浮気と同様、こうしたときにアメリカの男性がとる手段も、滑稽なほど定型化している。
収入や地位より社会貢献を望んで職を捨てる
ひとつは、収入や地位よりも、社会貢献や人とのつながりを優先しようと、それまでの専門職や管理職を捨てて、学校の教師になったり、貧困層を助ける非営利団体に勤めたりする、というパターンである。
アメリカのたいていの地域では、公立学校の教師の給与が極端に低く、質の高い教員を確保するのが難しいため、地域によっては、教育以外の分野でキャリアを築いてきた中年、つまるところはミッドライフ・クライシスを経験中の男女を積極的に採用するためのプログラムを整備していたりする。書類の処理や会議に追われる毎日に嫌気がさした中年が、子どもたちと真正面から向き合い、次世代を育てる教師という職業に、理想を感じるのはじゅうぶん理解できる。
しかし、現実の教育現場は金八先生の物語のようにはいかない。
会計管理の仕事を辞めて教員免許取得のための修士課程に入り、免許取得後、地元の中学校で英語(アメリカであるから「国語」である)を教え始めた、という男性が、同じような転職を考えている読者に向けて警鐘を鳴らす投稿をニューヨーク・タイムズに寄せたりしている。
教職という仕事は、自分が考えもしなかった苦労が多い。一コマの授業のための準備に何時間もかかり、教壇に立っているあいだは、自分の一挙手一投足が、思春期にさしかかった生徒たちの目を自分に向けるためのパフォーマンスである。それを毎日毎時間繰り返し、生徒とうまくコミュニケーションがとれたときにはこの上ないやりがいを感じるが、そうでないことも多い。
職場で大人と会話することを恋しく思うこともある。収入は以前の半分に減り、妻と二人の子どもとの生活は、かなり切り詰めているからなんとかなっているが、生活水準を下げることには限界もある。といった内容である。
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