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愛することには魂を救済する力がある

わたしは愛する【2】

2010年7月1日(木)

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(「わたしは愛する【1】」から読む)

エロスの起源

 このエロスという愛の形は、すでに確認したようにみずからのうちの欠如によって動かされる。しかし欠如というものは、最初に充満あるいは充足を意味する。満たされた状態が存在しなければ、欠けた状態はそもそも意識されようがないからだ。アリストファネスの比喩でも、最初の人間は完全な球体で、欠けるところがなかったのだ。

 だからエロスの神は今は醜いかもしれないが、最初からそうであったとは思えない。人間が喉の渇きを癒すことを望むのは、それ以前には渇いていない状態があったからだ。エロスの神が美しいものを欲望し、愛するのは、かつてはみずからが美を体現していたからに違いない。そして今は失われたものを激しく欲望するのである。

 ここにプラトンのイデアの哲学のもとで、エロスの理論は人間の魂の救済の神学へと変貌する。人間が美しいものを希求するのは、かつてイデアの世界で美しいものを見ていたから、あるいはみずからが美しい存在であったからである。人間はかつてのイデアの世界での美を思い起こす(アナムネーシス)。そしてかつての美を取り戻したいと願うのである。

 プラトンにとっては、他者の美しい容貌や身体は、かつてイデアの世界で眺めていた美を想起させるためのきっかけにすぎない。しかしこのきっかけは重要であり、他者の身体の美に憧れるのが、魂の救済のための最初の一歩なのである。美しいものに打たれ、憧れることがない者は、救われることがないのだ。

救いの道

 この救いの道程は、他者のもつ美を愛することから始まる。「その事柄に向かって正しく進んでいく人は若い頃に、美しい身体に向かって進んでいくことをもって始めなければなりません」[1]と、愛の道を手解きするディオティマはソクラテスに教える。

 しかしこの道を進もうとするならば、一人の若者の美に囚われていてはならない。「それに隷属して、俗悪で度量の狭い人間であることを止める」[2]必要がある。そして一つの身体の美は、他の身体の美と「兄弟」であることを悟り、「すべての美しい身体の愛人となる」[3]ことが必要なのだ。

 次に必要なのは、美しいのは身体だけではなく、魂の美しさというものがあることを認識することである。さらに美しいのは人間だけではなく、さまざまな事業の美しさ、法律の美しさといった抽象的なものの美を感得することを学ぶ必要がある。そしてついて究極の美そのものを認識するようになるのだ。

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「愛することには魂を救済する力がある」の著者

中山 元

中山 元(なかやま・げん)

哲学者、翻訳家。

1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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