「藁でもよろしいですか?」

大人の事情に巻き込まれる子供の人生は、一発勝負だ。

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2010年7月5日(月)

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 六月の十九日に、従弟の結婚式に出てきた。

 わたし自身は、結婚式に出るのは久しぶりなので、どれだけ勝手が分からず、へらへら笑っているだけになるのだろうと気が遠くなっていたのだが、教会式の結婚式には、意外なところに楽しみがあった。賛美歌である。

 カラオケなどにはまったく行かず、もちろんグリークラブにも入っていないので、生活の中で思い切り歌を歌う機会がないわたしは、大変気持ちよく賛美歌を歌った。

 いーつくしみぶかーきー、とーもなるイエスはー、つーみとがうれいーをー、とーりさりたもうー。

 とてもキャッチーな良い曲である。1番だけといわず、2番も3番も歌おうぜ。よく考えたら、同じことを教会式の葬式でも思った。この方式の葬式は、ただ座ってるだけのはずの参列者も歌で参加できて、一体感があっていいよな、と。いやもうまったく面識のない、上司のお父上のお葬式だったのだが。

* * *

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 隠しているわけではないので、別に今更改めて書くことでもないのだが、わたしの両親はわたしが九歳の時に離婚した。母親がわたしと弟を連れて別居を始めたのは、わたしが八歳の時のことだった。父親とは、十一歳の時に会ったのを最後に顔を合わせていない。

 その父親は去年の五月の終わりに亡くなったので、今でだいたい一年が経つ。昼休みに父の死を知らされた退社後、わたしはこの日経ビジネスオンラインの仕事の初めての打ち合わせに出向いたので、その日のことはとてもよく覚えている。今更なんだよといらいらするわたしを、担当者さんたちは穏やかに励ましてくれた。とてもありがたかった。

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著者プロフィール

津村 記久子(つむら・きくこ)

1978年大阪府生まれ。2000年4月より会社員。01年初頭より失業。同年末より現在まで、再び会社員。05年『マンイーター』(単行本『君は永遠にそいつらより若い』筑摩書房)で太宰治賞を受賞。08年『ミュージック・ブレス・ユー!!』(角川書店)で野間文芸新人賞を受賞。09年『ポトスライムの舟』(講談社)で芥川龍之介賞を受賞。他に『カソウスキの行方』(講談社)、『婚礼、葬礼、その他』(文藝春秋)、『アレグリアとは仕事はできない』(筑摩書房)、『八番筋カウンシル』(朝日新聞出版)。好きなテレビ番組は、「ダーウィンが来た!」、「空から日本を見てみよう」。



このコラムについて

藁でもよろしいですか?

 溺れるものは藁をも掴む、ということわざは、あんまりいい意味では使われませんが、この連載を始めるにあたっての打ち合わせで、「べつに藁でもよくない?」という論調になり、このようなタイトルを付けました。よく考えたら、わたしにとって生活するということは、岸辺に上がることではなく、流されながらおもしろそうな藁を掴み、そしてさらにナイス藁を探して溺れ続けるということなのでした。それでいつかは海に流れ着ければよいと思います。
 そうやって溺れながらいろいろ考えたことを、月に一度、大阪市の片隅の最後端の世間からお届け致します。(津村記久子)

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