(前回「本当に『死にたい』、でもそれは病気が思わせているだけ!」から読む)
みなさんこんにちは、「う」あがりOLです。
前回の記事に、たくさんのコメントをありがとうございました。自分でも読んでいて辛いような内容で「こんなこと書いちゃっていいのかな…」と不安だったのに、「よく書いた」と言っていただけるなんて。コメントを読みながらうるうるしていたときにちょうど編集Yさんが電話してきたので、涙声で出てしまい「まさかあの記事で誰かにいじめられたのですか!?」と、余分な心配をさせてしまいました。「じ、じがいます(違います)、がいでよがった(書いて良かった)とおもって〜」と、鼻水を流しながら返事してしまいました。
皆さん、ありがとうございます
多くの方に読んで頂けて、本当に嬉しいです。ありがとうございました。
Yさんは鼻タッカダカでしたが、「でも、狙って受けたわけではないですし、元々ウケを狙う企画でもないですから、これからも書きたいこと、書かねばいかんと思うことだけを、淡々と書いていってください。結果としてまた受けたら万々歳ということで」と言っておりました。なので、日経ビジネスオンラインの中の「横町の団子屋」のつもりで、これからも地味におとなしく行きたいと思います。よろしくお願い致します。
さて今回は、とある誤解を解いてみることができたらと思います。
「う(うつ)」から立ち直るために「好きなことをしてみる」という考え方にまつわる、ちょっとした、でも深刻な誤解です。
* * *
休職して、しばらくした頃、主治医に「何でもいいから、好きなことを始めてみてはどうですか?」と言われました。「自分の意欲が向くことなら、何でもいいですよ」と言います。
「仕事以外に、自分が楽しいと思えるモノを見つけることが大切です」。
「はぁ」。
…意欲の向くこと。これが「う」の湯に浸かっている間は実に難しいのです。
失恋の最中に前向きなことは考えにくい…
「仕事を休んでいいから、やりたいことをやってみては?」と、普段仕事に追われている間に言われたら、それはもう夢のようですよね。うっかりすると「いいなあ、そんなことを言われるのなら、オレも『う』の湯に浸かってみたいよ」くらいのことは、考えてしまいそうです。自分も一度この湯にはいるまでは、そう感じていたように思います。
ところがです。この病気になっている間は、そもそものきっかけになる「意欲」が出てこない。なので、驚かれるかもしれませんが、やりたいことがなかなか思いつきません。
「途中ですみませんYです。全然違うかもしれませんけど、それって受験の失敗とか、手ひどい失恋とかの直後、みたいな気分ですかね?」
「うーん、それの拡大延長戦という感じでしょうか。『う』の場合は、その手ひどい失恋の直後の状態が、延々と続くんです。自力で浮上することも少なくて。沈み方のレベルにも違いはありますが、でも、瞬間的に味わっている気分自体は同じ様なものだと思います」
「こんなに好きだったのに、気持ちが通じなかった。もう、誰に何を言っても言われても、本当は通じないような気がする…みたいな。なんだかメシを食う気もしなくなったり、自分にとってダメなことばっかり考えたり」
「そうそう、ありますよねえそんなこと。Yさんも純情派なんですねえ」
「そんな気持ちの時に『好きなことをやってみたら』と言われてもなあ。なるほど。ちょっとだけ分かったような気がします」
「ねえねえ、ところでそれ、いつの話ですか? Yさんたら暗い目をして、もしかしてわりと最近?」
私の場合ですが、体調は一進一退を繰り返していて、数日良い状態が続いたかと思うと、一転して低調になり、そのまま数日間は深く沈み続けます。
「まだダメなのか」
「いつになったら治るんだろう?」
そんなことの繰り返しの中で、「意欲が向くこと」を探すのはとても難しかったのです。
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