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現代の政治哲学に通じる
「自己の保存」というリアリズム

2010年7月15日(木)

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 自己への愛に依拠すること、これは近代の政治哲学の端緒を告げる重要な視点だった。それまでは人々が社会を作り、人々と結びつきを作りだし、国家を構築するのは、人間の本性の働きのためだと考えられていた。この伝統をごく駆け足でたどってみよう。

人間の本性と国家――アリストテレスの政治哲学

 アリストテレスはすでに「人間は自然にポリス的な動物である」[1]と定義していた。この定義によると、人間はその本性からして政治的な生き物であり、人間の最高の善は、ポリスで生きることによって実現されることになる。「共同体へと向かう衝動は自然にすべての人のうちに備わっている」[2]のであり、「共同することのできない者か、あるいは自足しているので共同することを少しも必要としない者は決して国の部分ではない。従って野獣であるか、さもなければ神である」[3]。国家を作らない者は、神のように人間を超えているか、野獣のように人間以下の生き物なのだ。

最高善――キケロの政治哲学

 アリストテレスの政治哲学を受け継いだキケロも、国家を形成することは人間の最高の善であると考えた。まず人間の営みで、神にもっとも喜ばれることは、国家を形成することだとキケロは考える。「全世界を支配する神にとって、少なくとも地上で行われることで、法によって結ばれた、国と呼ばれる人間の結合と集合よりもいっそう気にいるものはない」[4]のである。

 そして人間にとっての最高の善は、自分の欲望を満たすことではなく、自己の欲望を抑えて、国家に貢献することである。「この魂の力をおまえは、最善の仕事において発揮するように。そして、その最善の仕事とは祖国の安全のための配慮で」ある[5]。もしも自分の欲望に引きずられて、「快楽に従う欲望の衝動のままに神々と人間の法を犯した者の魂は…多くの世代を苛まれ」[6]る宿命になるだろう。

法と国家――アクィナスの政治哲学

 キリスト教の到来とともに、この西洋の政治哲学はわずかな修正を受ける。「カエサルのものはカエサルに返せ」であり、キリスト教徒はできるだけ、公的な活動から身を引くことが勧められたからである。アウグスティヌスなどは、国家というものは神が人間に与えた罰であると主張したほどだ。

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「現代の政治哲学に通じる
「自己の保存」というリアリズム」の著者

中山 元

中山 元(なかやま・げん)

哲学者、翻訳家。

1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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夢の実現にあたっては強く「念ずる」。そうした心構えを支えにビジネスの世界の荒波を渡ってきました。

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