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病気にならないためには、他者を愛することを始めなければならない

わたしは愛する【6】

2010年7月29日(木)

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自己愛とナルシシズム

 ルソーの自己愛と利己愛の区別は、エロスのもつ自己愛的な性格に注目するきっかけとなる。すでにアリストファネスの寓話が、エロスの自己愛という性格を明らかにしていた。この寓話によると、人間がエロスの力に動かされるのは、かつての完全だった自己に戻りたいと願うからである。

 かつての完全な人間は、球のように自足し、まったき幸福を享受していたのであり、その状態に戻りたいのである。他者を欲するのも、完全な自己と完全な幸福を取り戻したいからである。このかつて享受していた完全な幸福に戻りたいと願う欲望は、ナルシシズムと呼ばれる自己愛の形式の一つの重要なヴァリエーションである。この欲望にあっては他者への愛も、ナルシシズムの別の表現なのである。

自体愛

 精神分析の分野では、ナルシシズムの原初的な形態として、「自体愛」という欲望の概念を想定する。オートエロティシズムの訳語である自体愛とは、人間の欲動がその対象を「自己にみいだす」[1]ものである。ここで欲動とは、人間の心を駆り立てている欲望のエネルギー的な側面を表現したものであり、フロイトによると、これは「身体的なものから発生し、心に働きかけるものである」[2]

 この欲動については、三つのことを区別する必要がある。その源泉、目標、対象である。まず欲動には身体において、それぞれの固有の「源泉」[3]を考えることができる。口が源泉となる欲動は、幼児のおしゃぶりなどによって表現される。肛門が源泉となる欲動は、排泄のしつけにおいて重要な役割をはたす。性器が源泉となる欲動は、生殖活動において決定的な意味をもつ。このような器官だけでなく、目や筋肉なども欲動の源泉として機能することができる。目は窃視欲動の源泉となり、筋肉は支配欲動の源泉となるのである。

 次に欲動の「目標」とは「欲動の源泉における刺激状態を除去することによってもたらされる満足」[4]と定義されている。これは飢えや渇きなどのごく基本的な欲動についてはあてはまるが、そのままではすべての欲動について適切なものではない。そのためにフロイトは「目標を制止されされた」欲動という概念を提起する。欲望や愛について考えるには、この概念が重要である。両親と子供の間の愛情、子供を愛する両親の愛、親を愛する子供の愛は、性的な欲動がその「目標を制止されて」生まれるとされているのであり、夫婦の愛情も、性的な魅力が友愛に近い形で昇華されたものとみなされるのである(これについてはいずれ検討する予定である)。

 また欲動の「対象」とは、「欲動がその目標を達成することができる対象または手段である」[5]。愛と欲望の考察においては、この対象の概念がとくに重要になる。自体愛とは、欲動の対象が他者に向けられずに、自己に、とくに自己の身体に向けられ、そこで欲動が満足される状態を意味する。この自体愛の特徴は、欲動の対象が自己、しかもその一部の器官であることにある。この欲動は「部分欲動」なのである。

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「病気にならないためには、他者を愛することを始めなければならない」の著者

中山 元

中山 元(なかやま・げん)

哲学者、翻訳家。

1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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