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1945年の『終わらざる夏』
~8月15日に戦争は終わっていなかった

2010年8月18日(水)

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終わらざる夏(上・下)』浅田次郎著、集英社、各1785円

 猛暑、いかがおすごしでしょうか?

 ワタシはひどい多汗症で、冷房のきいた電車に乗っていても、背中のあたりがびっしょびしょ。シートが汗でぬれてしまうので、空いた席に座るのもはばかられ、憂鬱です。そんな悩みって、65年前の人たちもしていたんだろうか? 悩んでますなんていうと、当時の人たちからしたら、ゼイタクって言われそうですが……。

 今年もまたやってきた、8月15日。さて、何の日?

 「終戦記念日」だと、多くの方はお答えになるでしょう。しかし、この日から3日後に、千島列島北端の小さな島で、激戦が始まったなんてことを知っている人はどれぐらいいるのだろうか? ワタシはこの本で初めて知ったわけですが。

終戦後に始まった日ソの戦闘

 日本の無条件降伏直前に、ソ連軍が満州や樺太にドサクサで攻め込んだことは知られていても、千島のこの小島での戦闘については、どうして多くの日本人が知らないままに過ぎてきたのか。

 守る日本軍は無傷のまま、新式戦車60輌、精鋭2万3000の兵員を要していた。攻めるソ連軍は約8000。戦車の援護もない状態での上陸戦は、ソ連兵にとっては「戦え」ではなく「死ね」というに等しいものだ。事実、この戦闘は日本軍の圧勝で、ソ連軍は3000とも4000ともいわれる戦死者を出したとされる。

 ではなぜ無条件降伏した日本に向かって、ムチャとも思える戦いをソ連軍はあえて仕掛けたのか。そして、なぜ戦後、この史実は闇にほうむられてきたのか。満州におけるソ連軍の非道についてはいっぱい語られてきたというのに。

 埋もれてゆきつつあるこの謎を、日本とソ連、両方の兵士の目で解き明かしていこうとするのが、浅田次郎氏の最新刊『終わらざる夏(上・下)』である。

 あるインタビューで浅田氏は、「この小説の主人公は戦争です」と答えているが、いわゆる戦場のシーンは下巻の最後のほうに限られている。

 上下2巻で綴られるのは、戦時下においても今日と変わらずあったであろう、人々の暮らし、会話、息遣いである。今日と異なるのは、だれもが戦場に送られる人たちを身近に感じていることだ。

 職場や学校から「赤紙(召集令状)」1枚で戦場へと送り出された兵士とその妻や母たち。疎開した児童と教師たち。各家に、1通1通赤紙を届けた役場の職員、その名簿を作成し戦死の内報をも書いた在郷軍人、青年将校。さらには、ソ連軍の兵士にいたるまで、膨大な数にのぼる、個々の人間のあの時の様子を、作者は詳細に綴っている。市井の情話を得意とする浅田次郎の本領発揮である。

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