「讃岐の国の多度の郡の五位、法を聞きて即ち出家せる語 第十四」(『今昔物語集』巻第十九 本朝付仏法)
『今昔物語集』1059話の中から見つけた深く美しい力
『今昔物語集』は、平安時代の末期(12世紀の初め)に成立した仏教説話集だ。作者未詳、書き出しはすべて「今は昔……」で統一された1059話。
ぼくは何か機会があるたびに、つまみ食いのようにして読んだだけだ。おもしろい話もあったし、退屈な話もあった。そして、この「讃岐の国の多度の郡の五位、法を聞きて即ち出家せる語(さぬきのくにのたどのこおりのごい、ほうをききてすなわちしゅっけせること)」のように、いつまでも心に残る、かけがえのない、深く美しい力を持つ話もあった。
主人公は讃岐の国の極悪人、源大夫
舞台は讃岐の多度郡、今の香川県仲多度郡の多度津町や善通寺市あたりだ。源大夫(げんだいぶ)という名の極悪人がいて、毎日のように人を傷つけ殺すので、地元の人々に恐れられていたという。
ある日、源大夫は4、5人の手下を連れて狩りをした(当時の感覚では狩猟も悪事だった)。その帰り道、お堂の前にさしかかったとき、大勢の人が集まっていることに気づいた。
いったい何をしているのかと手下に尋ねると、「講」と答える。僧侶が講師となって、人々に仏法を説いているのである。
仏教嫌いの源大夫だが、好奇心にかられて馬から降り、ひとり、お堂の中へ入っていった。
彼は講師をにらみつけ、腰の刀に手をやりながら言う。
おれが心から「もっともだ」と納得することを話して聞かせろ。できなかったら、不都合なことになるぞ。
「その名を呼べば、重い罪人も救う」
心の中で仏に助けを求めながら、講師は話し始めた。
ここから西の方、多くの世界を過ぎたところに、阿弥陀仏(あみだぶつ)という仏さまがおられます。その仏さまはお心が広いので、長年にわたって罪を造り続けた人であっても、改心して一度でも「阿弥陀仏」と唱えれば、必ず迎え入れてくださいます。そうなると豊かですばらしい国に、しかも願いごとはすべてかなう身に生れ変って、ついにはその人自身が仏に成るのです。

「阿弥陀仏は、その名を呼びさえすれば誰でも助けてくださる」という。ありがたい、尊い教えだ。しかし、この人殺しが納得するだろうか。「馬鹿なことを言うな。そんな甘っちょろい話があってたまるか」と怒り出し、刀を抜いて講師を殺してしまうに違いない……。
ところが、源大夫の反応は意外だった。
「その仏は人を哀れまれるというのか。それなら」と僧に尋ねる、「このおれも憎まれたりしないのだな」。
講師は肯定した。すると、源大夫はさらに尋ねる。
「ならば、おれがその仏の名をお呼びしたら、仏さまはお答えになるのだろうか」。
「やむをえない」と思いながら生きる
極悪人の源大夫が、阿弥陀仏の話に心動かされている。
彼にしても、自分の血まみれの人生を肯定していたわけではないのだ。
やめられるものならやめたい、新しい生活を始めたい。
しかし、やめられない……。
人生の歯車は、気が遠くなりそうなほど複雑に組み合わされている。何がどう連動するかなんて、誰にも決して見通せない。
最初に自分が何を思い、何を意図して始めたにせよ、その後は想像すらできなかった状況が次々に現れて、いつもそのまっただ中に、途方に暮れた自分が立ちすくんでいる。
ここから先は「日経ビジネスオンライン」の会員の方(登録は無料)、「日経ビジネス購読者限定サービス」の会員の方のみ、ご利用いただけます。ご登録のうえ、「ログイン」状態にしてご利用ください。登録(無料)やログインの方法は次ページをご覧ください。



1959年、東京生まれ。

からのご案内




