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できれば所在不明のままでいてほしい

2010年8月20日(金)

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 足立区で都内最高齢とされる男性がミイラ化した遺体で発見された事件は、当初、奇妙奇天烈奇々怪々な事件として報じられた。
 なにしろ相手がミイラだから。

 111歳(←生きていれば)という年齢も驚きだったし、遺体が30年を経たものであるらしい点も特異だった。家族によれば、本人は30年以上前のある日「即身仏になる。絶対に開けるな」と言い残したきり、部屋から出てこなくなったのだそうだが、その証言の真偽も含めて、当件はどこまでも素っ頓狂だった。

 だから、世間の人々も、第一報を聞いた段階では、誰もが特殊な家庭に起こった例外的な事件だというふうに受け止めていた。私もだ。どうにも浮世離れしていると思った。猟奇的に見える半面、牧歌的な感じもある。お伽話みたいだ。昭和拾遺物語。ワンスアポンアタイム・イン・アダチク。

 ところが、同じ事件について、年金の不正受給の疑いが報じられると、コメンテーターの論調はガラリと変わった。夢が醒めたみたいなぐあいに。なるほど。カネの匂いはすべてを消臭する。物語りっぽさも。
 で、ニュースは、類似の事案を導き出す端緒となった。新たなミイラを召喚したのではない。別の遺体が発掘されたのでもない。所在が確認できない高齢者の記録が、全国で見つかったのである。それも、百歳を超える幻の高齢者たちの、行き先を辿れない書類が。続々と、だ。
 彼らはどこへ行ったのだろうか。
 ニュースショーの司会者は、お盆からこっち、毎日びっくりしていた。
「本当にこれはいったいどういうことなのでしょうか」

 私は、正直に申し上げて、さほど驚かなかった。
 実際にご老人が消えたわけではないからだ。誰にだってわかることだ。彼らは消えたのではない。ただ、所在が確認できていない。それだけの話だ。
 というよりも、有り体に言って、書類上の処理が滞っているということ以上でも以下でもないのだ。
 とすれば、これは大いにありそうな話ではないか。
 私だってしょっちゅう行方不明になる。

「オダジマさんはいません」
「いない? どうしてだ? なぜ消えるんだ?」
「知りません。何度連絡しても不在です」
「携帯は?」
「不通です」

 そう。電源を切れば良いのだよ。簡単な話だ。
 で、鎖切った男(←「腐り切った男」by Atok)として午後の町をさまよう。必要な時間だ。こうしておいた方が何かと都合が良いのだ。私と、私を捜す側の人々の双方にとって、真相は電波の届かない場所に放置しておいた方が万事丸くおさまる。そういうものなのだ。

 ご老人の遺族もまた多くの場合、ご老人だ。百歳超ということになれば、息子や娘だってすでに後期高齢者だ。すべての手続を遺漏なくこなせるとは限らない。百老百態。様々な事情がある。お役所の窓口だって、ある程度年齢の行った人間に対しては、そんなにせっついた対応はしない。納税も期待できないわけだし。であるならば、多事多端な日常の中で記録だけが生き残っていくという事態は十分に考えられる。

 死亡届は出ていないものの、確たる生存確認には至っていないケース。こういうグレーゾーンは、ある確率で必ず発生する。しかも、こういう玉虫色の記載事項については、役所によって扱いが違う。税務署はどこまでも執念深く標的を追うだろう。彼らはハンターだから。

 しかしながら、そのほかの役所は必ずしも追跡者ではない。ハイエナでもない。住民基本台帳を扱う係のお役人はずっと鷹揚だ。鷹揚。ハゲタカの旋回とは違う。その他、転出届や転入届や死亡届や行方不明者の捜索願を受け付ける係の人々もそれぞれにそれぞれな仕事をしている。すべてのお役人が同じ解釈で動いているとは限らない。誰もがハゲタカ基準で働いているわけではない。当然の話だ。

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「小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 ~世間に転がる意味不明」のバックナンバー

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「できれば所在不明のままでいてほしい」の著者

小田嶋 隆

小田嶋 隆(おだじま・たかし)

コラムニスト

1956年生まれ。東京・赤羽出身。早稲田大学卒業後、食品メーカーに入社。1年ほどで退社後、紆余曲折を経てテクニカルライターとなり、現在はひきこもり系コラムニストとして活躍中。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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