「毎日が日直。「働く大人」の文学ガイド」

88. 出版記念パーティと「男の子」の世界の風。

成瀬巳喜男版『放浪記』と田辺聖子『しんこ細工の猿や雉』

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2010年9月1日(水)

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 日直のボウシータです。

 先週書いたとおり、今年の夏は某自治体の依頼で、「文学作品とその映像化」にかんするお座敷をつとめた。

 そうしたら、更新した数時間後に、漫画家でアニメーション作家の今敏監督の訃報を目にした。

 なんということか。今年つとめたお座敷では、先週ここで取りあげた成瀬巳喜男の『放浪記』(林芙美子原作)と『流れる』(幸田文原作)を含む6本の原作つき映画について話をしたのだが、その中の1本が今敏の『パプリカ』(筒井康隆原作)だったのだ。

放浪記』成瀬巳喜男 監督、東宝、4725円(税込)
 
 
パプリカ』今敏 監督、筒井康隆 原作、ソニー・ピクチャーズエンタテインメント、4980円(税込)

 『パプリカ』はあの上等で突拍子もない原作をみごとに映像にしたと感心させられる1本。『千年女優』『東京ゴッドファーザーズ』などの傑作を生んだ、才能と心意気の映像作家の早すぎる死を知って、私は寂しい。

 悔しいから今週は、今監督とはなんの関係もない話題について書く。書いてやる。

*   *   *

放浪記』林芙美子 著、新潮文庫、780円(税込)

 でやっぱり、先週触れた『放浪記』の話なのだが、すでに述べたとおり、この映画の脚本は、林芙美子の『放浪記』の直接のシナリオ化ではなく、それをもとに菊田一夫が脚色した舞台脚本を、井手俊郎と田中澄江とがさらにアレンジして脚本にしたものである。原作にないものがいろいろ出てくる。

 その最大のものが、原作刊行後の作者の人生を描く終盤の部分だ。

 『放浪記』が《新興文學叢書》から刊行されると、一躍話題のベストセラーとなった。その刊行記念パーティの場面が印象的だ(因みに私はいままで刊行記念パーティなんてやったことがありません)。

 映画のなかで主人公(高峰秀子)はふたりの文学者との同棲に破れ──伊達春彦(仲谷昇)には二股かけられ、福地貢(宝田明)はDV──、印刷工の安岡信雄(加東大介)には好意を寄せられるが彼女の心は動かず、『放浪記』刊行の少し前に画学生・藤山武士(小林桂樹)と知り合う。作中、藤山は戦後までずっと主人公を支えつづけるのだが、これはじっさいに林を支えた手塚緑敏(まさはる)をモデルとしている。

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著者プロフィール

千野 帽子(ちの ぼうし)

パリ第4大学博士課程修了。京都在住の勤め人・俳人。2004年より休日のみ文筆業。著書に、「東京新聞」連載をまとめた『文藝ガーリッシュ 素敵な本に選ばれたくて。』『世界小娘文學全集 文藝ガーリッシュ舶来篇』(河出書房新社)、「野性時代」連載をまとめた『読まず嫌い。』(角川書店)、読書漫筆集『文學少女の友』(青土社)。「ミステリマガジン」「ジャーロ」にて連載、また「東京新聞」「讀賣新聞」「SPUR」「Figaro japon」「BRUTUS」「HanakoWEST」「yomyom」「週刊文春」「文藝」「文學界」「すばる」「ユリイカ」「真夜中」「小説トリッパー」「早稲田文学」「ダ・ヴィンチ」「週刊読書人」「別冊宝島」などに寄稿。



このコラムについて

毎日が日直。「働く大人」の文学ガイド

この連載は、「働く大人」の読者の疲れを癒し、リフレッシュして勤労意欲を高めるのに向いた文学作品のガイド、では断じてない。そうではなく、こちらが文学の世界に単身潜入して、大人の読者に向けてレポートするものである。ここで取り上げるのは、働くということにまつわる、個別の奇妙さ、ヘンテコさ、そこから立ち上がってくる疑問をうじうじと、ひとつひとつ拾っていく、そんな文学や漫画。私たちが毎日そんなことをしていれば、仕事が立ち行かなくなるから、代りに文学がそれをやってくれている。腸内細菌のようなものだが、腸内細菌と違って、なにかの役に立つという保証がないのが文学だったり漫画だったりするのである。そういうものを紹介する連載だ。だから、仕事中にこっそり読んでほしい。

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