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自己への惚れ込みは閉じた危険な愛なのである

わたしは愛する【11】

2010年9月9日(木)

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鏡をみた動物の行動

 さてこのように母親のまなざしと父親のまなざしは子供に成長し、他者を愛することができるようになるための重要な土台となるが、子供は文化的なまなざしを体現することによって、実の母親や父親を乗り越えてゆくことができる。それは何よりも言語を習得することによってである。そのきっかけとなるのが、鏡をみることである。

 動物は鏡で自分の姿を眺めると、最初は不思議そうに眺め入ることが多い。ぼくはうちでしばらく飼っていた猫が、廊下の大きな姿見の前に座って、魅入られたように自分の姿を眺めていたことを思いだす。心理学者のケーラーの観察では、「チンパンジーは、鏡の前に置かれてその中に像を見ると、鏡の後ろに手をやり、そこに何もないことがわかると不満を表わし、以後、鏡に関心を抱くことを拒否する」[1]という。

 それでは人間の幼児は鏡に映った自分にどう反応するだろうか。ラカンによると、「自由に動くこともできなければ、栄養も人に頼っているような、まだ口のきけない状態にある小さな子供が、自分の鏡像をこおどりしながらそれとして引き受ける」[2]という。鏡の前に置かれた乳児は、「こおどりしながらせわしなくこの支えの枠を乗り越えて、自分の姿勢を多少とも傾いた位置にとどめたり、または鏡に映る像の瞬間的な姿を元にもどして、これを固定したりしようとする」[3]ことが記録されているのである。子供は猫のようにたんに座って自分を眺めているのではなく、鏡に映る自身の像をいろいろと変えることで楽しんでいるようなのだ。

いないないばあ

 チンパンジーは無関心になるのに、子供はどうしてこおどりして喜ぶのだろうか。これにはいくつかの理由が考えられる。第一にラカンの最後の言葉が示しているように、子供は「いないないばあ」遊びを一人でしているのである。鏡の前から自分の姿を消してみて、次に自分の姿を再発見して、喜んでいるのである。

 鏡の中で瞬間に不在になった自分、そしてふたたび現前するようになった自分。幼児が「いないないばあ」遊びが好きなのは、電車にのっている幼児の前で「いないないばあ」をしてみれば、幼児がどれほど喜んで、きゃっきゃと笑うかを実験してみればすぐわかるだろう。ここで幼児は何を喜んでいるのだろうか。

分身

 この問題はもう少し後で考えてみることにしたい。ここでは第二の理由としてナルシシズムの働きを挙げておこう。ギリシアのナルキッソスは水面に映った自分の顔、すなわち自分の鏡像に惚れ込んだのである。フロイトは自体愛(オートエロティシズム)からナルシシズムに移行するためにある心的なきっかけが必要であることを指摘していたが、この鏡に映った自分にこおどりする状態(ラカンはこれを鏡像段階と呼ぶ)が、そのためのきっかけを提供するのだと思われる。子供はそこで自分に惚れ込んでいるのである。

 この段階における鏡像の働きは両義的である。子供が鏡の中にみる自分の像は、子供にとっては初めて見る自分であり、それがきわめて魅力的なものとなるだろう。しかし鏡の中の分身は同時に不安をもたらす。子供が手を振れば相手も手を振る。子供がしかめつらをすれば相手もしかめつらをする。そのうちに子供は不安になる。自分がほんとうの自分なのだろうか。それとも鏡の中の自分が本物なのだろうか。鏡の中の自分が別の自分になって、自分を置いていってしまうことはないだろうか。

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「自己への惚れ込みは閉じた危険な愛なのである」の著者

中山 元

中山 元(なかやま・げん)

哲学者、翻訳家。

1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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