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言語の誕生とは、無の認識と超自我の誕生である

わたしは愛する【12】

2010年9月16日(木)

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「いないいない遊び」

 さて、幼児はどのようにして言語を習得してゆくのであろうか。ぼくたちはだれもがかつて言語を習得してきたにもかかわらず、言語を習得した経緯を忘れてしまっているかのようなのだ。そのため科学的には、言語が習得されるプロセスにはまだ大きな謎が隠されている。そして幼児の頃に一つの言語を習得するのが容易だったのと逆比例するかのように、新たな外国語の習得には苦労するものだ。第二言語の習得の困難さは、幼児の頃の言語の習得の容易さの「報い」であり、負の遺産でもあるかのようである。

 この問題を考えるのに、きわめて示唆的なのが、フロイトの孫の言語の習得における一つの「遊び」の物語である。フロイトの愛娘のゾフィーには二人の息子がいた。その長男のエルントストルが一歳半の頃、「いないいない遊び」をして楽しんでいた。ベッド越しに紐を付けた糸巻をほうり投げて、「糸巻が姿を消すと、子供は意味ありげなオーオーオーを言い、それから紐を引っ張って糸巻をベッドから取り出すと、いかにも満足そうに〈いた〉(ダー)という言葉で糸巻を迎えた」[1]

 ダーはドイツ語で「ここ」を示す副詞であり、オーオーオーは、「いない」を示すフォルトを意味していることは、フロイトも母親のゾフィーも意見が一致していた。エルントストルはまだ言葉をしっかり話せず、言葉を使い始めたばかりなのである。それではこの遊びは何を意味しているだろうか。「いないいないばあ」を一人で演じているのは明らかなのだが。

 ただし奇妙なことは、幼児が「いないいないばあ」遊びできゃっきゃっと喜ぶのは「ばあ」の瞬間であるのに、エルントストルの遊戯では、オーオーの「姿を消す」動作が、「それだけで、遊戯として倦むことなく繰り返された」[2]ということである。そのため最初はフロイトも母親も「姿を消す場面ばかりを目撃していた」[3]のだった。もちろん子供の喜びは、ダーの時のほうが大きかったが、姿を消すオーの遊戯は、「喜びに満ちた結末をもたらす〈いた〉の場面よりも、はるかに頻繁に演じられていた」[4]のである。

遊戯の意味

 フロイトはこの遊戯の意味を次のように解釈している。エルントストルは「母親にとても懐いていた」[5]。そしてこの時期に、母親が不在がちになることが多かった。愛する母親の不在は子供にとってとても苦痛なものだったに違いない。そこでエルントストルは糸巻遊びを考えて、この母親の不在を糸巻のオーで代理させ、それを取り戻してダーで喜んでいたに違いない。

 しかし経験として苦痛なオーが、喜びをもたらすダーよりも頻繁に繰り返されていたのはなぜだろうか。子供はこの母親の不在という「苦痛な経験を遊戯として繰り返す」[6]ことを好んだのはどうしてだろうか。それについてフロイトは二つの解釈を示す。一つは苦痛な経験を自ら反復することで、それを克服することが試みられたというものである。「受動的に経験に〈見舞われた〉」[7]ことを、遊戯のうちで自らが能動的な役割に立つことによって、克服するのである。

 子供が医者に喉を覗きこまれたり、ちょっとした手術をした経験を、人形や遊び仲間を相手に反復することがある。これは「子供が受動性から遊戯の能動性に移行することにおいて、子供は遊び仲間にこの不快な体験を味わわせ、この代理の人格に復讐する」[8]のである。不快な体験や苦痛な体験は、思い出さないように抑圧するのではなく、これを意識して能動的に立ち向かうことで、克服できることも多いものだ。

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「言語の誕生とは、無の認識と超自我の誕生である」の著者

中山 元

中山 元(なかやま・げん)

哲学者、翻訳家。

1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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ビル・エモット 国際ジャーナリスト、英エコノミスト誌・元編集長