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結婚においては、真の愛が生まれる可能性がある

わたしは愛する【13】

2010年9月30日(木)

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欲望の生産性

 さて、愛するときの欲望の形を、これまではプラトンが提示したエロスという概念で考えてきたのだった。この概念によると、人間は自分に欠如したものを求めて他なるものを愛するのだった。これは飢えや渇きのような人間の生理的な欲求にはきわめて適した概念だったが、ぼくたちの欲望は欠如の概念で考えるには、はるかに複雑で多様なものである。

 あるものが欲しいというとき、たしかにそのものは自分の手元にはない。ないから欲しいと思うのであり、そこに欠如の刻印が押されているのはたしかだ。しかしこの欲望はたんに飢えや渇きのように、欠如を満たされたら消滅するという性質のものではない。もっと生産的な性質のものでもありうるのだ。

 他者を愛するとき、ぼくたちは欠如を埋めるためではなく、その人と一緒に作りあげていく生の喜びそのものを期待し、望むものだ。その人とともに過ごす時間、会話をかわし、ともに食事し、一緒に旅行するなど、一人では実現することのできない豊穣な時間が、その人とともに始まることを期待するのだ。欲望は欠如を埋めるものであるだけでなく、豊かなものを作りだすことができるのだし、ぼくたちはみずからも、愛する他者も豊かになることを欲望するのである。欲望は単独のものではなく、相互的なものなのだ。「ぼくは愛する」のではなく、「ぼくたちはたがいに愛しあう」のである。

 ドゥルーズはこの種の欲望について、こう語っている。「プルーストの例で考えましょう。ある女性を欲望するということは、その女性そのものよりも、その女性のうちにつつまれている一つの風景を欲望するということです。あるもの、たとえばドレスを欲望するということは、そのドレスから作られる集まりの全体を欲望するということです」[1]。ドレスが欲しいということは、そのドレスを着てでかけるパーティ、そのパーティで知り合う人々との友愛など、それによって可能となるもののすべてを欲望するということだ。「欲望を欠如とする古典的な考え方」[2]を改める必要があるのである。

ヒーメロスの形而上学

 この古典的な考え方はもちろんエロスの概念であるが、古代から愛情はエロスの概念だけで考えられていたわけではない。プラトンですらすでにエロスの類縁の概念として「愛の憧れ」(ヒーメロス)という概念を提起していた。これは愛しあう者どうしの間で眼から眼へと流れる愛の思いである。

 『ファイドロス』で描かれた若者愛においては、愛する者は若者に崇高な憧れに燃えた奉仕をする。すると「若者はそれが真の友愛であることを悟り、相手に流れこんだヒーメロスが目を通して若者のうちに逆流する」[3]。そして「美の流れも眼を通して美しき者のなかへ再び帰り、霊魂へ行くべきほんらいの道にそこに到達してはげしく刺激し、翼の通路を潤し、翼が芽生えるのを促し、恋人の霊魂を恋で満たすのである」[4]

コメント3

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「結婚においては、真の愛が生まれる可能性がある」の著者

中山 元

中山 元(なかやま・げん)

哲学者、翻訳家。

1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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