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愛に値しない者にたいして注がれる“父親の愛”

わたしは愛する【16】

2010年10月21日(木)

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エロス、カリス、カリタス、アガペー

 これまで古代の愛の概念として、欠如を埋めるエロスの概念、平等な者どうしのカリタスの概念、夫婦の間の和合としてのカリスの概念を考察してきた。エロスは愛するわたしだけに注目した「わたしは愛する」という一人称の愛の概念だった。カリタスとカリスは二人の間の相互的な愛に注目した「わたしたちは愛しあう」という二人称複数の愛だった。

 これから考察しようとするのはキリスト教のアガペーの概念であり、これは「わたしはあの方を愛する」、「わたしはあなたを愛する、あの方があなたを愛するがゆえに」という三人称の愛の概念である。アガペーとはもともとは「愛餐」を意味した。これはキリスト教の信者の親善と博愛のための会食であり、共同体の掟に反した者は、この愛餐から排除されるという処罰をうけた。

 それがやがて神の愛、キリスト教的な愛を示す象徴的な概念になった。パウロは「愛はすべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える」[1]と、キリスト教の信者どうしの間での愛の重要性を強調した。「信仰と、希望と、愛、この三つのものはいつまでも残る。その中でももっとも大いなるものは愛(アガペー)である」[2]と、信仰よりも愛を重視していたほどである。

イエスの譬え話「放蕩息子」

 この奇妙な愛の概念を考察すために、イエスの有名な譬え話「放蕩息子」から、ここに示されている息子にたいする父親の愛の特徴を考えてみよう。この譬え話を要約すると、ある人に息子が二人いて、弟が父親に財産の生前贈与を求めるところから始まる。財産を分割してもらった弟は、異国に旅だって放蕩の限りを尽くし、財産を蕩尽してしまう。そしてその地を飢饉が襲い、息子は飢えに迫られた。ついには奴隷と同じような暮らしをするようになったのである。彼は奴隷のように「豚の食べるいなご豆を食べてでも腹を満たしたかったが、食べ物をくれる人はだれもいなかった」[3]のだった。

 そこで息子は我に返り、帰国して父親に謝罪し、雇人の一人として働かせてもらおうとする。しかし息子が遠く離れているうちから、「父親は息子を見つけて、憐れに思い、走り寄って首を抱き、接吻した」[4]。そして謝る息子を許し、「いちばん良い服を持って来て、この子に着せ、手に指輪をはめてやり、足に履物を履かせなさい。それから、肥えた子牛を連れて来て屠りなさい。食べて祝おう」[5]と祝宴を始める。

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「愛に値しない者にたいして注がれる“父親の愛”」の著者

中山 元

中山 元(なかやま・げん)

哲学者、翻訳家。

1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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