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「義務としての愛」は永遠に自由で不安も嫉妬も憎しみもない

わたしは愛する【18】

2010年11月4日(木)

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アウグスティヌスの愛の秩序の理論の「欠陥」

 アウグスティヌスの愛の秩序の理論は、西洋のキリスト教の愛の思想に決定的な影響を与えた。その後は、この愛の理論を土台にして、さまざまな愛の理論が登場する。「愛の思想史」を語ることができるほどである。しかしここでは愛の思想史に深入りすることは禁欲して、現代において構築されたいくつかの愛の理論について考察するにとどめよう。

 アウグスティヌスの愛の理論でもっとも批判を集めたのが、愛の秩序の二番目に自己愛がくることだった。他者への愛は、秩序の階層では自己愛について三番目にすぎない。この自己愛の理論を鋭く批判したのがキルケゴールである。キルケゴールにとっては、自己愛は何よりも克服すべきものにほかならない。

 そしてアガペーの理論の根底に、自己の意志と欲望の否定という要素が組み込まれている以上、このキルケゴールの立場は十分な根拠のあるものである。その後のキリスト教の愛の思想史は、アウグスティヌスがアガペーとエロスの理論を統一した後に、その理論からエロスとしての愛の理論の側面を切り捨てる方向、ルネッサンス以降にプラトン主義的なエロスの理論が復活する方向、そして神とのエロス的な統一をめざす神秘主義の方向の三つに分岐すると言えるだろう。

キルケゴールの愛の秩序

 キルケゴールによる愛の秩序では、神への愛、他者への愛、友人への愛、恋人への愛、自己への愛という階層を採用する。この階層構造が、自己愛の強さと反比例していることは明瞭だろう。キルケゴールはキリスト教の愛と自然的な愛を対比する。自然的な愛では、まず自己を、次に世界のうちで唯一の恋人を、その次に親しき友人を、その次に隣人を愛するだろう。キルケゴールにとってはこれらはすべて自己愛の変形であり、自己への「偏愛」の表現にほかならない。

 キルケゴールによると、自己愛は利己的で情熱的な偏愛であり、この偏愛は「自然的な愛においてはその唯一なる恋人を、友情においてはその唯一なる友人を自己中心的に抱くものである。だから恋人と友人とは……別の自己、あるいは別の我と呼ばれている」[1]のである。

 キルケゴールはこれをさらに人間の感性、魂、精神という三つの構造から規定し直す。「恋愛においては自我というものは、感性的・心的・精神的に規定され、恋人は感性的・心的・精神的な規定となる。友情において、自我は心的・精神的に規定され、友人は心的・精神的に規定される。ただ隣人への愛においてのみ、愛するところの自己が精神として純粋に精神的に規定され、隣人は純粋に精神的な規定となる」[2]

 隣人は愛すべき理由のまったくない人として規定されている。ここで隣人とは、現実に隣にすむ人ではなく、いかなる具体的な「顔」ももたない他人、世界の任意の他者であるからだ。この隣人への愛は、聖書の掟によって、「汝、隣人を愛すべし」と命令されている抽象的な隣人への愛である。ところが友人への愛となると、そこには親しい人間と魂を通じあう関係になっている。だから友人への愛では、精神的な愛のほかに、心的な要素が含まれるわけだ。さらに恋人への愛となると、この唯一の恋人への愛は、身体という感性的な絆までともなうものであり、友人への愛よりもさらに自己愛の傾向が強まり、さらに純粋性が低くなる。

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「「義務としての愛」は永遠に自由で不安も嫉妬も憎しみもない」の著者

中山 元

中山 元(なかやま・げん)

哲学者、翻訳家。

1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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