「毎日が日直。「働く大人」の文学ガイド」

99. 蓼喰う虫が蓼を喰う理由のさまざま。

そして、私が批評家でない理由

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2010年11月24日(水)

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 日直のチノボーシカです。

 この連載で、「売れてる(読まれてる)から偉い、ってわけじゃないんだよ」ということを何度か書いた。

 そんなこと、少々本を読んだことがある人なら、だれでも頭ではわかっている。この「頭では」というのが曲者だ。

 「売れてる(読まれてる)から偉い、ってわけじゃない」ということをわかっているはずの人が、意外に、

「村上春樹は世界に通用するコンテンツを作りつづけているから偉い」

とか口を滑らせてしまう場面に、何度も立ち会ってきた経験上、私はこういうことを書いている(第48回第49回)。

 それは、自分という一個人にとってのコンテンツそれ自体ではなく、商品開発にまつわる物語を消費する態度である。

 「自分という一個人にとってのコンテンツそれ自体」を見ることより、「広く読まれている」という外在的な基準でものを言うほうが、ラクなのだ。

 その第1の理由は、「広く読まれているのは、それがいい作品だからだ」と素朴に、頭をいっさい使わずに決めることができるからである。宮部みゆきファンが「いい作品に解説はいらない。解説されずに良さがわかる作品がいい作品、普遍性のある作品なのだ」と言っているのを見たことがある。

常識的文学論』大岡昇平 著、講談社文芸文庫、1575円(税込)

 私はその考えに与しない。それでは政権の良し悪しを支持率だけで決めるようなものだ。「人気だから、小泉純一郎が好き」という人が今世紀初頭に多かった。「売れてます!!」が宣伝文句になる世のなか、ベストセラーリストが書店に貼り出され新聞に載る世のなかでは、その程度の思考力の人間の顔色をうかがって人気を取るのが政治家の才能だ。

 第42回第47回で書いたとおり、人は世界を手前勝手に「理解」するために頭のなかに「物語」の鋳型を持っていて、それを変えられたがらないものだ。大岡昇平は『常識的文学論』(1962)のなかで、それを〈お話〉と呼んでいる。

 現代ではストオリイは小説にあるだけではない。宗教もお話であり、批評もお話である〔…〕る。政治も科学も歴史もお話になろうとしている。ラジオやテレビは一日中、料理や事件や宇宙について、甘いお話を流し続け、われわれは過去についてお話を作り上げ、お話で未来を占っている。
 これらのお話を破壊しないものが、最も慰安的である〔…〕。

この最後の一文は大事だ。既存の理解の枠組を相対化しない慰安的なものが、しばしば人気を博する商品なのである。

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著者プロフィール

千野 帽子(ちの ぼうし)

パリ第4大学博士課程修了。京都在住の勤め人・俳人。2004年より休日のみ文筆業。著書に、「東京新聞」連載をまとめた『文藝ガーリッシュ 素敵な本に選ばれたくて。』『世界小娘文學全集 文藝ガーリッシュ舶来篇』(河出書房新社)、「野性時代」連載をまとめた『読まず嫌い。』(角川書店)、読書漫筆集『文學少女の友』(青土社)。「ミステリマガジン」「ジャーロ」にて連載、また「東京新聞」「讀賣新聞」「SPUR」「Figaro japon」「BRUTUS」「HanakoWEST」「yomyom」「週刊文春」「文藝」「文學界」「すばる」「ユリイカ」「真夜中」「小説トリッパー」「早稲田文学」「ダ・ヴィンチ」「週刊読書人」「別冊宝島」などに寄稿。



このコラムについて

毎日が日直。「働く大人」の文学ガイド

この連載は、「働く大人」の読者の疲れを癒し、リフレッシュして勤労意欲を高めるのに向いた文学作品のガイド、では断じてない。そうではなく、こちらが文学の世界に単身潜入して、大人の読者に向けてレポートするものである。ここで取り上げるのは、働くということにまつわる、個別の奇妙さ、ヘンテコさ、そこから立ち上がってくる疑問をうじうじと、ひとつひとつ拾っていく、そんな文学や漫画。私たちが毎日そんなことをしていれば、仕事が立ち行かなくなるから、代りに文学がそれをやってくれている。腸内細菌のようなものだが、腸内細菌と違って、なにかの役に立つという保証がないのが文学だったり漫画だったりするのである。そういうものを紹介する連載だ。だから、仕事中にこっそり読んでほしい。

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