日直のチノボーシカです。
この連載で、「売れてる(読まれてる)から偉い、ってわけじゃないんだよ」ということを何度か書いた。
そんなこと、少々本を読んだことがある人なら、だれでも頭ではわかっている。この「頭では」というのが曲者だ。
「売れてる(読まれてる)から偉い、ってわけじゃない」ということをわかっているはずの人が、意外に、
「村上春樹は世界に通用するコンテンツを作りつづけているから偉い」
とか口を滑らせてしまう場面に、何度も立ち会ってきた経験上、私はこういうことを書いている(第48回、第49回)。
それは、自分という一個人にとってのコンテンツそれ自体ではなく、商品開発にまつわる物語を消費する態度である。
「自分という一個人にとってのコンテンツそれ自体」を見ることより、「広く読まれている」という外在的な基準でものを言うほうが、ラクなのだ。
その第1の理由は、「広く読まれているのは、それがいい作品だからだ」と素朴に、頭をいっさい使わずに決めることができるからである。宮部みゆきファンが「いい作品に解説はいらない。解説されずに良さがわかる作品がいい作品、普遍性のある作品なのだ」と言っているのを見たことがある。
私はその考えに与しない。それでは政権の良し悪しを支持率だけで決めるようなものだ。「人気だから、小泉純一郎が好き」という人が今世紀初頭に多かった。「売れてます!!」が宣伝文句になる世のなか、ベストセラーリストが書店に貼り出され新聞に載る世のなかでは、その程度の思考力の人間の顔色をうかがって人気を取るのが政治家の才能だ。
第42回や第47回で書いたとおり、人は世界を手前勝手に「理解」するために頭のなかに「物語」の鋳型を持っていて、それを変えられたがらないものだ。大岡昇平は『常識的文学論』(1962)のなかで、それを〈お話〉と呼んでいる。
現代ではストオリイは小説にあるだけではない。宗教もお話であり、批評もお話である〔…〕る。政治も科学も歴史もお話になろうとしている。ラジオやテレビは一日中、料理や事件や宇宙について、甘いお話を流し続け、われわれは過去についてお話を作り上げ、お話で未来を占っている。
これらのお話を破壊しないものが、最も慰安的である〔…〕。
この最後の一文は大事だ。既存の理解の枠組を相対化しない慰安的なものが、しばしば人気を博する商品なのである。
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