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サンタクロースの贈物と純粋な贈与という幻想

贈与する[2]――正義について考える【3】

2010年12月16日(木)

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南フランスのレストランにて

 このように、贈与することには、正義が成立するための条件を作り出す力があることは、明らかだと思う。人々の間で友好的な関係が存在していないかぎり、正義を語ることはできないのである。この贈与と社会関係について、面白いエピソードがある。

 レヴィ=ストロースによると、南フランスではランチにレストランに入ると、定食に小さな赤ワインのボトルがついてくるという。料金に含まれているのだ。そして小さなレストランではランチは相席である。ぼくもパリで図書館に通っていた頃はよくランチを食べた。もちろん相席で、メニューは定食一種類だけというところが多い。つめて座っていればプレートに乗せた食事が供される。

 パリではワインはついてこないが、南部ではワインがついてくる。しかし客はそのワインを自分では飲まないのだという。「小瓶にはかっきりグラス一杯分のワインが入っているであろうが、その中味は、持ち主のグラスではなく、隣の客のグラスの中に注がれる。するとすぐに、その隣の客が互酬性に合致した行動をとるだろう」[1]

 いわば客はたがいに自分のワインを見知らぬ他人に「贈与しあう」のである。まず片方の客が自分のワインを相手に贈与する。すると贈与された客は、ただちに自分のワインを相手に贈り返す。これは完全に等価の交換である。しかし中味はまったく同じ、店のおしきせのワインである。交換することに何の意味もないのだ。だからこれは交換とは言えない。贈与としか言いようがないのである。そして贈与には、交換とは異なるさまざまな意味が含まれている。

贈与の三つの効果

 これから食事をしようとする二人の客は、目の前に、あるいはすぐ隣に、見知らぬ人と一時間近い時間を過ごすことになる。夕食であれば、テーブルをともにするのは親しい人だけである。しかしランチではこの見知らぬ他人と時間を過ごさざるをえない。そこにいくらかの不安が生まれるだろう。

 ワインを贈与することは、この不安を和らげ、適切な「社会的な距離」[2]を作りだす効果を発揮する。それは「空間的な並置の変わりに、社会的関係をもたらす」[3]のである。相手が返礼をしないことは考えられないから、相手もまたワインを贈ることで、たがいの関係が成立する。それまでは見知らぬ他人だったのが、ワインを贈りあった同士になる。しかもある程度の距離をおいた袖の触れ合う他人となるのだ。

 この贈与の第二の効果は、ワインを贈られた同士は、ほぼ確実に会話を始めるということである。「どちらから来られましたか」とか「よくお見かけしますね」とか、何か語らざるをえないだろう。言葉を交わすことが避けられない「義務」となるのだ。「ワインの提供をうけることはほかのものの提供、つまり会話の提供をも認めることになる」[4]のである。

 もはや贈与の前の状態に戻ることはできない。これはうっとうしいことでもあるが、ある意味では好ましいことでもある。かつては田舎で夜道に人とすれ違ったら、「お晩です」と一言かけるのが義務であったのと同じことだ。言葉を交わさずにいると、魔物か悪者かと疑われかねない。たがいに言葉を贈りあうことで、自分の不安を和らげることができるし、相手の不安も収まるだろう。

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「サンタクロースの贈物と純粋な贈与という幻想」の著者

中山 元

中山 元(なかやま・げん)

哲学者、翻訳家。

1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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