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純文学にあって漫画にないものってなんだろう?

2010年12月17日(金)

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 スパルタ教育という言葉がある。
 賛否はともかく、この言い回しの意味するところを知らない人はそんなにいないと思う。
 が、私が小学生だった頃は、誰も意味を知らなかった。というよりも、「スパルタ教育」という言い方自体が、まだ存在していなかった。一部のインテリ層が使っていた可能性はあるが、われわれのような普通の庶民は聞いたこともなかった。
「スパルタ? 誰だ?」
 という感じ。スパルタが古代ギリシアの都市国家名に由来するということすら知らなかった。当時、この種のカタカナを使うのは洋行帰りの知識人に限られていて、そういう連中は「キザなヤツ」と見なされていた。「おそ松くん」に出てくる「イヤミ氏」がその典型だ。靴下が伸びている。もしかして、赤塚先生にとっては、ナイロンのソックスを履いているというだけで、キザだったのかもしれない。そういえば遠藤周作は「靴下のクサい文化人」という言い方で、キザな青年をクサしていた。どうして文化的な青年の靴下が匂うというふうに彼は考えたのだろう。謎だ。

 「スパルタ教育」が一般人の使うボキャブラリーとして定着したのは、1969年にこの名前をタイトルとする本が発売されて、ベストセラーになったからだ。著者は当代の人気作家石原慎太郎。現在だったら間違いなく流行語大賞を獲得していたはずだ。それほどこの言葉は話題になった。しかも、一時的な流行語に終わらず、「広辞苑」にも収録される堂々たる日本語として、現在に至っている。見事。
 私個人は、この言葉が嫌いだった。
 中学校のクラスの担任がスパルタにカブれて、やたらと体罰を適用する教師だったからだ。
 「スパルタ教育」は、多くの追随者を生んでいたのだ。

 愚かな流行は世の中を変えることがある。実際、あの本の流行は、時代の流れを、何年か分、戦前に向けて引き戻していた。で、予科練への崇拝を隠さない数学担当教諭だったO崎氏は、「ピシっとした」空気を教室に導入すべく、体罰を多用したのである。
「口で言ってわからないヤツにはスパルタ式の指導が必要だ」
 てなことを言いながら、彼は平手で、竹の棒(黒板に円を描く時、彼はこの棒とチョークをとても器用に使った)で、生徒を打擲した。時には学生服の襟元を両手で掴んで足払いをかけてきた。ぞうきんがけの仕方に心がこもっていないだとかいったどうにも恣意的な理由で、だ。たまったものではない。学生服を着た状態で足払いをかけられると、プラスチック製の「カラー」と呼ばれる薄っぺらな保護具(あれは襟首の汚れを防ぐための部品だったのだろうか)が喉に食い込んで、痛い思いをした。血がにじむこともあった。うむ。いま思い出しても腹が立つ。私は毎日のようになぐられていた。牛馬のように。

「いいか? これは体罰じゃない。指導だ」
 と、頭にアクセントを置いた独特の発音で、O崎はその単語を繰り返した。
「オダジマ。前に来い。シドーだ」
 スパルタ教育。ウィキペディアは「拷問教育とも言う」と解説している。拷問を教育と考える人間が存在していること自体、奇跡だと思うのだが、われわれはそういう人物をリーダーとして選んでいる。なんということだろう。

 「スパルタ教育」は、出版されるや激しい賛否両論をまきおこした。
 当時は、容認派が圧倒的に多かった。現在の状況とは比べるべくもない。ワイドショーの司会をやっている落語家などはモロなスパルタ教育推進派だった。泣きの小金治。私の記憶ではいつも激高していた。激高仮面のおじさん。どこの誰かは知らないけれど、誰もがみんな知っている。きっと、正義の味方のつもりでいたのだと思う。

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「小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 ~世間に転がる意味不明」のバックナンバー

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「純文学にあって漫画にないものってなんだろう?」の著者

小田嶋 隆

小田嶋 隆(おだじま・たかし)

コラムニスト

1956年生まれ。東京・赤羽出身。早稲田大学卒業後、食品メーカーに入社。1年ほどで退社後、紆余曲折を経てテクニカルライターとなり、現在はひきこもり系コラムニストとして活躍中。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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