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「真実を求めよ! 真実らしさを求めるな!」

『パイドロス』プラトン著

2011年1月18日(火)

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 この「生きるための古典」、岡さんが言うところの「できそこない」のためのブックガイドが、この度、ついに書籍になりました。「日経ビジネスオンライン」に於いては異色のこのコラムが本の形になれたのは、ひとえに、本欄の「垂直の言葉(今回の記事参照)」を愛して読んで下さった皆様のおかげです。岡さんになりかわり、担当編集Yより深く感謝を申し上げます。
 本のタイトルは『強く生きるために読む古典』。本連載の中から岡敦さん自ら厳選した回を、さらに大幅に加筆しています。ぜひご覧下さい。そして願わくば、貴方の友人として、本棚の中に永く留まりますことを。(Y)

※また、岡さんによる連載と「原典で読む哲学・思想書ガイド」が載った日経ビジネスアソシエ「大人の教養2011」もいま店頭に並んでおります。ガイド本よりも、読みやすい原書に体当たりする方が間違いなく面白い、と岡さんが語っています。どうぞ併せてご覧下さい!

哲学書を読んで、何の役に立つ?

10年以上前のことだが、人に聞かれたことがある。
なぜきみは哲学書を読むのか?
哲学の研究者や教師ならともかく、どちらでもないきみが哲学書を読んで、何の役に立つ? いったい何の得がある?

それは口調からして、揶揄でも冷笑でもなく、ただ単純に疑問を口にしているように聞こえた。
ぼくは軽くひとことで答えようとして、言葉に詰まった。「何の役に立つのか」という問いに、答えを持っていなかったのだ。
「確かにそう。ぼくなんかが哲学書を読んだって、何の役にも立たない……」と、顔に曖昧な薄い笑みを浮かべて、ぼくは小さな声でへつらいの言葉を口にしていた。

言えなかった答え

あのとき、本当は、こう答えたかったのだ。

哲学書は何の役に立つのかだって?
それでは、逆に教えてほしい。
役に立つって、どういう意味だ?
たとえば友情は「役に立つ」のか。
友人がいると「得」なのか。
友人は、ぼくが快適に生活するためのツールとして役立つというのか。
役に立たないものは、みんな「無駄」なのか。
ならば、友人は「無駄」か。
ひたすら迷惑をかけられるだけの、しかしそれでもかけがえのない友人だっている。アイツは「無駄」なのか。
そうではない! そうではない!
友人が生活の役に立つとか立たないとか、得だとか損だとか無駄だとか、そんなふうに考えることが、既に間違いではないか。
利害得失を持ち出すなんて失礼だ、裏切りだ。
損も得もなく、おたがいにさまざまな影響を与えあいながら、ただ、いっしょに生きていく。そういうものではないのか。
友人や仲間は、人生の「役に立つ」のではない。「人生にとって」の何かではない。みんなでともに過ごしていくこと、それ自体が「人生そのもの」ではないか。

読書も人生も区別はない

哲学書だって、そうだ。
人生をともに生きる哲学書、それは友人や仲間のようなもの。
哲学書は人生の「役に立つ」のではなく、哲学書とともに考えたり、生き方を変えたりしていく、そのこと自体が人生だ。

詭弁だと言うのか?
「もっともらしい言葉を口にしてはいるが、答えになっていない」だって?

では、はっきり言い直そう。
「役に立つ」という言葉を、ごく普通に「生活を快適にする」という意味にとるのなら、哲学書はぼくの役に立たない。
しかし、哲学書なしに、ぼくの人生はありえなかった。だから「人生を可能にする」という意味なら、哲学書は、ぼくにとっては大いに役立っている。これほど役に立つものはない、と言いたいぐらいだ。今こうして「できそこない」のぼくが生きていられること、これがその証拠だ。

地域一帯の土壌を改善せよ

冒頭の問いを口にした知人は、あるいは単に、「哲学書を読むと、日常生活の悩みごとは解決するか?」と聞いていたのかもしれない。
人間関係や生き方について考え込んだときにページをめくると、そこに「自分の問題の答えが記されていた」なんてことが、あるだろうか、と。

……そんなことも、あるかもしれない。
さんざん悩んだ末に開いたそのページに、自分に向けたアドバイスが書いてあったとしたら、それは素晴らしいことだ。幸運だったのだろう。あるいは、何かに導かれたのかもしれない。

しかし、たいてい、そんな幸運には恵まれない。だから哲学書は、普通の意味(=日常的な問題を解決するか否か)では、ほとんど役に立たないと言うしかない。

たとえば、花壇の雑草に悩む人がいるとする。
雑草を一本一本抜く手伝いがほしくて、お隣に住む学者に声をかけた。
ところが学者は、スケールは大きいが、しかし現実味のない人だった。
学者は、「花壇全体、できればこの地域一帯の土壌を改善すべし」と言う。
そうやって根本から改良すれば、今後二度と雑草問題に煩わされることがなくなるはずだからと。

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