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生きるという「不正」と「負い目」と「やりきれなさ」

贈与する[5]――正義について考える【6】

2011年1月20日(木)

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生まれる

 遺産の贈与とは逆の意味で純粋な贈与が行われることがある。それは子供に命を与えるときである。生命を与えることは、その返済を求めることがない純粋な贈与という性格を帯びている。純粋な贈与というものは、どうしても不可能なものであることはすでに考察してきたが、生命の贈与には特別な意味がある。そのことを吉野弘の詩「I was born」という有名な詩を読みながら、考えてみよう。

I was born

(吉野弘)

 確か 英語を習い始めて間もない頃だ。

 或る夏の宵。父と一緒に寺の境内を歩いてゆくと 青い夕靄の奥から浮き出るように 白い女がこちらへやってくる。物憂げに ゆっくりと。

 女は身重らしかった。父に気兼ねをしながらも僕は女の腹から眼を離さなかった。頭を下にした胎児の 柔軟なうごめきを 腹のあたりに連想し それがやがて 世に生まれ出ることの不思議に打たれていた。

 女はゆき過ぎた。

 少年の思いは飛躍しやすい。その時 僕は〈生まれる〉ということが まさしく〈受身〉である訳を ふと諒解した。僕は興奮して父に話しかけた。
――やっぱりI was bornなんだね――
父は怪訝そうに僕の顔をのぞきこんだ。僕は繰り返した。
――I was bornさ。受身形だよ。正しく言うと人間は生まれさせられるんだ。自分の意志ではないんだね――
 その時 どんな驚きで 父は息子の言葉を聞いたか。 僕の表情が単に無邪気として父の眼にうつり得たか。それを察するには 僕はまだ余りに幼なかった。僕にとってこの事は文法上の単純な発見に過ぎなかったのだから。

 父は無言で暫く歩いた後 思いがけない話をした。
――蜉蝣(かげろう)という虫はね。生まれてから二、三日で死ぬんだそうだが それなら一体 何の為に世の中へ出てくるのかと そんな事がひどく気になった頃があってね――
 僕は父を見た。父は続けた。
――友人にその話をしたら 或日 これが蜉蝣の雌だといって拡大鏡で見せてくれた。説明によると 口は全く退化して食物を摂るに適しない。胃の腑を開いても 入っているのは空気ばかり。見ると その通りなんだ。ところが 卵だけは腹の中にぎっしり充満していて ほっそりした胸の方にまで及んでいる。それはまるで 目まぐるしく繰り返される生き死にの悲しみが 咽喉もとまで こみあげているように見えるのだ。淋しい 光りの粒々だったね。私が友人の方を振り向いて〈卵〉というと 彼も肯いて答えた。〈せつなげだね〉。そんなことがあってから間もなくのことだったんだよ。お母さんがお前を生み落としてすぐに死なれたのは――。

 父の話のそれからあとは もう覚えていない。ただひとつ痛みのように切なく 僕の脳裡に灼きついたものがあった。
――ほっそりした母の 胸の方まで 息苦しくふさいでいた白い僕の肉体――。[1]

コメント4件コメント/レビュー

I was born. というのは、単純に西洋の概念では人は創造されたので、その意味で受動態なんだと思ってました。(2011/02/09)

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「生きるという「不正」と「負い目」と「やりきれなさ」」の著者

中山 元

中山 元(なかやま・げん)

哲学者、翻訳家。

1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

I was born. というのは、単純に西洋の概念では人は創造されたので、その意味で受動態なんだと思ってました。(2011/02/09)

「別に生んでくれと頼んだわけじゃない」・・親に向かって生意気な口を利いていたことを思い出しました。自分に子供が出来て初めて親の気持ちが判る・・・子供を大切に思うからこそ厳しく叱る・・・親心。なんと生意気で不遜な少年だったでしょう。「生きることが不正」・・・意味の深い言葉ですね。キリスト教徒ではありませんが、人は生まれながらにして「原罪」を背負っている・・・事にも繋がっているような気がします。現在、「飽食の時代」といわれて久しいですが、過剰な食品を無駄に廃棄する世情、一方世界のいたるところで食料不足による飢餓、栄養失調、子供達の死亡が発生している。アフリカでは、配給された粉ミルクを、衛生教育をされていない若い母親が不衛生な水でミルクを作り、赤ん坊に飲ませて病気や死亡が多発している・・・。などなど痛ましい事実が現在も平行して起こっている。自分達は、恵まれた環境で「生かされている」という感謝の気持ちを失っているのでは無いでしょうか。具体的にどう行動することが人として正しい道なのか模索する毎日です。「生かされている」という感謝の気持ちだけはいつも忘れないようにしよう。(2011/01/20)

存在の耐えられない不正。親に対する負い目がいつまでも消えないのは儒教国であった名残なのかと思ってましたが、確かに返しようのない借金をしている心境なのかも知れません。返済には命を差し出す必要があるとすると存在の否定であり親からの贈与の否定であって返済にはなりませんね。先立つ不孝の意味も何やらすっきりと腑に落ちます。(2011/01/20)

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