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生命はどうして死を目標とするのだろう

贈与する[7]――正義について考える【8】

2011年2月3日(木)

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罪の意識と犯罪

 フロイトは、精神分析の治療において、多くの人々がいわれのない罪責感に苦しめられていることを確認していた。フロイトが分析した患者たちのうちには、若い頃に罪を犯した人々がいたが、そうした人々は、まるで処罰されるのを望むかのように、罪を犯していたのだった。「患者は、わけのわかない強迫的な罪の意識に苦しめられていたが、犯行の後は、この圧迫感が薄らいだ」[1]のである。

 この罪の意識の不思議さは、犯罪の結果ではなく、犯罪の原因であるということだった。フロイトはこの論文では、この罪の意識が生まれた原因を、エディプス・コンプレックスに求めている。父を殺し、父になり代わって母を愛したいという欲望が、去勢の恐怖によって抑圧され、これに超自我が成立するとともに、この超自我が自我を責め続けるのだというのである。

 たとえばドストエフスキーは若年の頃に、眠って仮死状態になることがあったという。そのために生きたまま埋葬されるのではないかと恐れ、「埋葬するのは、四、五日たってからにしてほしい」というメモを残してから、やっと眠りについたと、弟が証言している。フロイトはこれは父親殺しの願望の抑圧だったと解釈している。超自我は自我に「お前は父親になり代わりたくて、父親を殺そうと願っていた。そして今、お前は父親になり代わった。ただし死んだ父親にである」[2]と語りかけるのである。ドストエフスキーの仮死状態は、死によって罰せられたいという願望の表現だったのかもしれないのである。

鬱病の無意識的な罪責感

 しかしこの罪の意識がどのようにして生まれたのかは、エディプス・コンプレックスだけで説明できるとは思えない。去勢の恐怖だけがこうした罪の意識を生むとは思えない事例が多いのである。たとえばメランコリーと呼ばれる鬱病のことを考えてみよう。この鬱病は愛する対象を喪失したときに発生することが多い。愛するものを失った人は、「喪の仕事」を通じてその傷から癒えてゆく。

 ところが鬱病になる人は、愛するものが何であったのか不明なことも多い。「鬱病は意識されない対象の喪失にかかわる」[3]のである。さらに鬱病では、喪失した対象が意識されないだけに、この喪の仕事が終わらない。そして超自我が自我を責め続ける。「鬱病の患者は、みずからの自我を、価値のないもの、無力で、道徳的に咎められるべきものと表現するのである。患者はみずからを責め、みずからを罵倒し、追放され、処罰されることを期待さえしているのである」[4]

 鬱病ではこの無意識的な罪の意識が、ついには自己の生命を奪うまでに高まることもある。「自我があらかじめ躁病にかかることによって暴君から自己を防衛していない場合には、この超自我が実際に自我を死においやることに成功する場合も多いのである」[5]。フロイトはこの激しい攻撃的な欲動を「死の欲動」と名づける。「いまや超自我の中で支配しているのは、純粋培養された死の欲動である」[6]

死の欲動

 この死の欲動は、超自我のうちで働いているものとされるが、これはエディプス・コンプレックスに依拠するものとは考えられていない。晩期のフロイトにおいては、人間にとって死の欲動が根源的なものであるという新しい理論体系が生まれつつあるからだ。「すべての生命体の目標は死である」[7]。エロスの欲動ですら、この死の目標に到達するための迂回路にすぎない。「われわれに残されたのは、有機体はみずからに固有の方法で死のうとするということだけである。このように〈生命の番兵〉[であるエロス]は、原初的には、〈死の護衛〉だったのである」[8]

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「生命はどうして死を目標とするのだろう」の著者

中山 元

中山 元(なかやま・げん)

哲学者、翻訳家。

1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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浜田 健一郎 ANA総合研究所 シニアフェロー・前NHK 経営委員長