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正義の女神が象徴する「矯正的」な正義

配分する[1]――正義について考える【12】

2011年3月3日(木)

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普遍的な正義と特殊的な正義

 これまで贈与する、与えるというテーマで正義について考えてきたが、ここでしばらくこのテーマを離れて、与えることの一つの形である配分する、分配するというテーマから、正義について考えてみたいと思う。

 まずアリストテレスの有名な配分的な正義の概念を振り返っておこう。アリストテレスは正義を大きく普遍的な正義と特殊的な正義に分類した。普遍的な正義とは、そのポリスで定められた法律を遵守するということである。ポリスが異なれば、法律も異なるので、「正しい」行動も違ったものとなるだろう。

 これにたいして特殊的な正義は、法律の遵守ではなく、複数の個人の間での均等さにかかわるものである。この均等さには、幾何学的な均等さと、算術的な均等さがある。幾何学的な均等さが問題にされるのは配分的な正義であり、算術的な均等さが問題にされるのは、矯正的な正義である。

配分的な正義

 この幾何学的な均等について考えるために、二本の長さの違う線分CとDを考えてみよう。この線分の長さが全体の財の大きさを示すとしよう。片方の線分Cは、市民Aと市民Bの財産の分割状態を示すものであり、残りの線分Dが、この二人でわけ合う財の全体の大きさを示すものとしよう。

 財Cを示す線分は左側の部分と右側の部分の長さが二対一の比率で分けられていて、左側をAが、右側をBが所有しているとしよう。市民Aは市民Bの二倍のものを所有しているわけだ。次に財Dを同じように「均等に」分割するにはどうすればよいだろうか。財Dに対応する線分Dを、均等な比率で分割すればよいのだが、それにはどうしたらよいだろうか。

 線分Cを「均等に」二等分して、AとBに与えればいいだろうか。もちろんそれでは均等な比率は保たれることがない。線分Dは線分Cと同じように二対一の比率で分ける必要がある。そうすれば分けられた線分の長さ、すなわち財の大きさは変化しても、その比率は均等であろう。

 この正義では、分割する当事者のうちに不平等が存在することを前提としている。最初の財Cの分割でAはBの二倍の財を割り当てられていて、その比率に等しいように、財Dも分割されるのが正義なのだ。「もし当事者が均等なひとびとでないならば、彼らは均等なものを取得すべきではない」[1]のである。これが配分的な正義であり、この概念は後に「各人に各人のものを」と定式化されて、西洋の正義論の中心を占めることになる。

配分される財

 さてここで配分される財は具体的にはどのようなものだろうか。それポリスにおける「名誉、財貨、その他およそ国の公民の間に分かたれるところのもの」[2]である。古代のギリシアでは、名誉は重要な財であった。ポリスに大きな功績があったと認められるならば、肖像が立てられたり、年金が与えられたり、貴賓館プリュタネイオンで名誉を称える食事が供されることがあった。

 ソクラテスは被告となった裁判において、自分がアテナイのポリスに最大の善行をしたのだと自負して、「このような男にはプリュタネイオンにおいて饗応されるということより以上に、全く似つかわしいものは何もない」[3]と主張した。そして自分への刑として、反対に名誉の刑としての「プリュタネイオンでの饗応を求刑する」[4]と宣言したのだった。

コメント3件コメント/レビュー

もっとも富んだ3名に(課税)する方法は現代の累進課税にも似て先駆的ですね。しかも素直にそれが名誉であることは非常に重要で現代では失われた美質だと思います。自分より富めるものがいると思うなら指名でき、拒否するなら富を交換できるというのも今となっては斬新な解決方法です。ギリシャ時代から人間社会は発展し高度化、複雑化していますが、それは自分が富めるものであることを隠すためだったのではないかと思えるぐらいです。(2011/03/03)

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「正義の女神が象徴する「矯正的」な正義」の著者

中山 元

中山 元(なかやま・げん)

哲学者、翻訳家。

1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

もっとも富んだ3名に(課税)する方法は現代の累進課税にも似て先駆的ですね。しかも素直にそれが名誉であることは非常に重要で現代では失われた美質だと思います。自分より富めるものがいると思うなら指名でき、拒否するなら富を交換できるというのも今となっては斬新な解決方法です。ギリシャ時代から人間社会は発展し高度化、複雑化していますが、それは自分が富めるものであることを隠すためだったのではないかと思えるぐらいです。(2011/03/03)

なるほど。統治するコミュニティの倫理において統治者には権威が与えられるわけですね。伝統的な企業においては社員もトップもその企業のスピリットを倫理として課せられているのかもしれませんね。革新的な企業の場合はむしろコミュニティでなくトップに倫理の判断が置かれているような気がしますが、それは帝国化したローマやヒトラードイツに近いのかも。そう考えると日本はコミュニテイとは似て非なる群れの総体としての倫理を持った企業が多いようにも思えてきます。日本のネット文化が議論よりコミュニケーションに重きを置くのもその辺りのせいかもしれませんね。(2011/03/03)

先生のお答えで気持ちが楽になりました。もし宗教で考えれば「自分は生かされている、感謝して謙虚であれ」との考え方になったのでしょうが、自分の立ち位置も自覚出来ずに宗教に答えを求めることは出来ませんでした。これからじっくりとお薦め下さった本を読んで、自分が何に共感し、何が理解出来ないかを少しでも知って見たいと思います。ありがとうございました。(2011/03/03)

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三品 和広 神戸大学教授