• BPnet
  • ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版

いまわれわれに力をくれる言葉とは

2011年3月25日(金)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

 来週は震災以外の話題について書こう、と、前回のテキストをアップした時点で、そう心に決めていた。

 私自身が地震の報道に食傷していたこともあるが、それ以上に、読者がうんざりしているだろうと考えたからだ。
 あらゆる情報源が震災一色に染まっている現状は、メディアの健全性を担保する上で好ましくない。
「ただちに健康に影響を及ぼすものではないと」
 と、保安院の人間はそう言うだろう。が、そんな保証に何の意味がある?

 ただちに、ということを言うなら、取り落としたワイングラスにだって、いくばくかの余命はある。即座に粉々に砕けるわけではない。細かく観察すれば、手を離れたワイングラスには、運動方程式に沿った長い落下の過程がある。しかも、着地に至るまでのすべて過程を通じて、グラスの形状は完全に保たれている。大丈夫、撃たれたからといってただちに死ぬわけではない。弾丸が届くまでには、なおしばらくの猶予がある。そういうことを彼等は言っている。

 記事には半減期がある。ただちにではないが、やがて無力になる。
 週刊でまわしている時事コラムの場合、通常、半減期は一週間に満たない。残念な話だが、これは事実だ。認めなければならない。

 とはいえ、テキストの断片が、半減期をはるかに過ぎた頃になって、読者の脳裏に、ふとよみがえる例が皆無なわけではない。書く者は、そういう放射性を持った原稿を生産すべく、常に全力を傾けねばならない。そういう意味で、私のような雑事を扱うコラムニストは、今回のような状況においては特に、読者の人生にただちに影響を及ぼさない範囲で、震災とは離れた、読者の気持に風穴を開ける話題を提供するべきなのであろう。

 通夜の席では黙りこんでいるのが無難だ。何かを言う場合でも、常套句を繰り返す以上の言及は避けた方が良い。生活の知恵だ。でも、誰かが話題を振らないと場が動かないこともまた事実で、精進落しの会席を支配する気まずい沈黙を破るためには、たとえば、遠縁の伯父ぐらいに当たる人物が酔いつぶれる必要がある。その、一族のうちの変わり種の、型通りの醜態を契機として、ようやく、人々は、故人の人となりについて、多少とも率直な会話を交わす機会を持つ。そういうふうにして、世界は動いている。よく似たなりゆきで、コラムニストは、ネコの首輪に鈴を付けに行く役割を担っている者だ。コラムは、鈴の音を奏でなければならない。うまく着地できた場合に限った話ではあるが。

 ……という、以上の前置きは、既にお気付きになっておられる向きもあろうが、ご明察の通り、私が今週も震災について書くことについての、持って回った弁解だ。さよう。わがことながら不本意なのだが、私は、今に至ってなお、震災に囚われている。それ以外のことが考えられない。ゆえに、他の話題について原稿を書く気持になれないのだ。

 津波が去って二週間が経過すれば、さすがに世間の空気も多少は変わっているはずだ、と、先週の今頃はそんなふうに考えていた。たとえば、スポーツ関連や芸能まわりの話題で、人々の関心を引く事件が起こっているだろうさ、と。

 実際、事件がないわけではない。
 たとえば、3月の23日に訃報が伝えられてきたエリザベス・テーラーについて書くことも不可能ではない。

 ……でも、ダメだ。
 地震でアタマがいっぱい。被災と停電と復興と放射能汚染の脅威。私の思考は、そこのところから一歩も外に出ることができない。
 なので、今週も震災について書く。どうかご理解いただきたい。

 今回の震災は、特別な出来事だ。普通の厄災なら、いつまでも囚われているべきではない。二週間後には、気分を変えるモードに入っていなければならない。でも、この震災は別だ。半月やそこいらで切り替えられるものではない。肉親の死に準じた、最大限の服喪期間を設定せねばならない。中途半端な日常復帰カレンダーは、かえって事態をこじらせるだろう。アタマの中がある程度整理されるまでの間、われわれはやはり、この未曾有の悲劇の様相について、考え続けるべきなのだ。

コメント54

「小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 ~世間に転がる意味不明」のバックナンバー

一覧

「いまわれわれに力をくれる言葉とは」の著者

小田嶋 隆

小田嶋 隆(おだじま・たかし)

コラムニスト

1956年生まれ。東京・赤羽出身。早稲田大学卒業後、食品メーカーに入社。1年ほどで退社後、紆余曲折を経てテクニカルライターとなり、現在はひきこもり系コラムニストとして活躍中。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント投稿機能は会員の方のみご利用いただけます

レビューを投稿する

この記事は参考になりましたか?
この記事をお薦めしますか?
読者レビューを見る

コメントを書く

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック

日経ビジネスオンライン

広告をスキップ

名言~日経ビジネス語録

意外なことに、伝統的な観光地が 訪日客の誘致に失敗するケースも 少なからず存在する。

高坂 晶子 日本総合研究所調査部主任研究員