2010年、「非実在青少年」という、聞きなれない言葉がニュースを飛び交った。
東京都の青少年健全育成条例の改正案で、都側が「年齢又は服装、所持品、学年、背景その他の人の年齢を想起させる事項の表示又は音声による描写から十八歳未満として表現されていると認識されるもの」を指す言葉として作った造語である。
東京都がこの非実在青少年の性交や、その類似行為をマンガやアニメなどで描くことを規制しようとしたことに対し、マンガ家を始めとする出版業界関係者は強く反発した。
世論もこの条例改正に注目し、一時的に改正案は、知事提出の案件としては、12年ぶりに否決されるという成果を結んだ。最終的には12月にさらに改正案が提出され、可決成立をしてしまったが、マンガ表現規制問題に対する強い関心が集まった1年と言えよう。
手塚治虫デビューとともに
そんな年に上梓されたのが、長岡義幸『マンガはなぜ規制されるのか』(平凡社新書)である。性交などの表現を行なうマンガに対する規制要求が、青少年の凶悪化が言われる昨今の社会状況から生まれた要求ではなく、戦後一貫して出版関係者に対し、突きつけられてきた要求であるとして、マンガ規制問題の歴史を細かく紹介している。
と紹介すると、なにか歴史教科書のような無味乾燥な本に思えるかも知れない。だが、読み進めて行くと、マンガを規制しようとする人たちと、表現や出版を守ろうとする人たちの攻防が、とても生々しくドラマティックに描かれており、読み応えがある。
本書の中心的なコンテンツとなる「マンガ規制の歴史」は、1947年――手塚治虫がデビューを果たした年から始まる。
程よくまとめられた年表と、過不足なく丁寧に選び抜かれたエピソードから、戦後日本のマンガ業界が辿った表現規制との戦いという物語をかいま見ることができる。
戦中の言論統制から解放された日本で、子供たちは表現の自由の恩恵に浴していた。手塚治虫が発表した『新宝島』は40万部を超える大ヒット。小さな業者が扱う少年向けの「赤本マンガ」と言われるマンガ本が巷にあふれたという。
しかし、その隆盛に呼応するかのように、赤本マンガに描かれる日帝主義で非科学的で荒唐無稽な内容が子供をダメにするとして、赤本マンガを盛んに批判する人たちも現れたそうだ。
1950年代半ばになると、赤坂少年母の会が悪書追放運動として、「見ない・買わない・読まない」の「三ない運動」を提唱。身の回りの書籍や雑誌などを焼き捨てた。警察もこうした取り組みに賛同し、当時の警視庁防犯部長は「子供を悪い社会環境から守ろうとする母親の愛情の現れ」と評した。
「悪質な本を排除して子供を守る」という考え方は、マンガ規制を正当化する錦の御旗として、今もなお機能し続けていることが本書からよく分かる。
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