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「フェイスブックも踏み荒らされて、また新たな軽井沢が必要とされるんです」

シーズン3・24歳年下のIT論客に聞く その2 ゲスト 濱野智史さん(情報社会研究者)

  • 小田嶋 隆,清野 由美

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2011年4月4日(月)

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 前回に続いて、小田嶋隆さんと濱野智史さんの対談シリーズです。大学で情報社会論という専門分野を勉強したという濱野さんは、インターネットの世界を「アーキテクチャ」という概念で捉えた著書が高く評価されている若手の論客。

 対する小田嶋さんとは、親子ほども年の差がありますが、お二人ともゲームとインターネットに造詣が深いという共通項があります。

 今回は「ホームページ」と「ブログ」の黎明期のお話です。“選ばれた”人だけが作ることができた時代を、お二人が懐かしく振り返ります。進化するアーキテクチャについて、ネットの歴史を体現するお二人の言葉で語っていただきます。

―― インターネットに初期から参入してきた小田嶋さんにとって、インターネットの浸透とは、自分が浸っていたプチ特権意識の座から追われることであった、というようなお話が前回の最後に出ました。

小田嶋 だってホームページを作るというのは、それなりに結構大変だったんですよ。ちゃんとFTPクライアント経由でファイルのやり取りをして、自分でHTML言語を書き起こして、ほとんどプログラミングに近いことをやって、それを上げていたわけですよ。そういうことで、「キミたちにはこういうことはなかなかできまい」なんて思ってたら、すかっとやられちゃうというのは、微妙な気分ですよね。

濱野 智史(はまの・さとし)
1980年、神奈川県生まれ。慶應義塾大学大学院・メディア研究科修士課程修了。専門は情報社会論。国際大学グローバル・コミュニケーション・センター研究員を経て、現在は、インターネット関連コンサルタントの「(株)日本技芸」でリサーチャー。主にウェブサービスにおける情報環境の分析や、ネットユーザーの実態調査を行う。著書『アーキテクチャの生態系』で第26回テレコム社会科学賞・奨励賞を受賞。(写真:陶山勉、以下同)

濱野 ホームページなんて、最初は作ること自体が、すごくカッコイイことだったのに、それがすごくダサいものになるまで、あっという間でしたからね。

小田嶋 ちょっと不愉快だったりしたわけ。

濱野 非常によく分かります、そのお話は。でも、その手の話というのは、人間社会において延々と繰り返されてきたことですよね。

小田嶋 ただ、インターネットでは、そのサイクルがすごく早いわけです。

濱野 そうなんですよね、サイクルは本当に数年単位です。

小田嶋 これが車だったらT型フォードからカローラまで半世紀あるんですよ。それこそ昔のお金持ちで車に乗った人たちというのは、自分で車が整備できた人たちで、ファンベルトがちょっとたわんでいるぞ、なんて始業点検とかしていた人たちですよ。

濱野 はい、始業点検(笑)。

小田嶋 点火プラグなんかを自分で磨いている人たちで、お金の面も必要だったけど、そういう基礎的なスキルがないと、車って乗れなかった。

ブログになって「うちの庭も荒れちゃったなあ、という感」が

―― ケンブリッジ大学留学中に「オイリーボーイ」と言われ、晩年までポルシェに乗っていた白洲次郎のように。

小田嶋 それがオートマが浸透して、みんなが簡単に乗れるようになったわけだけど、でも、車はそこまで行くのに半世紀かかっている。それがネットだと5年でそうなっちゃう。

濱野 あっという間に。ドッグイヤーなんて言われたりもしますけども。

小田嶋 不思議なもので、流行がホームページからブログに移ったときって、更新なんかにかかる手間が少なくなったわけでしょう。ホームページの時代は、ブログよりも、もっと手間がかかっていて大変だったけど、それでも俺なんかはコツコツと更新していた。それなのに、ブログになって更新が楽になり、だったら更新頻度が上がったのか、と言えば、何か逆に面倒くさくなって、結局、俺はやめちゃったの。これはやっぱり旧軽族ならではの。(注・「旧軽族」は前回参照)

―― 小田嶋さんは、ご自分の庭が荒らされるのがつらい、と漏らしていましたよね。

小田嶋 ブログになってから、ちょっと荒れましたよね。ホームページを作っていたころは、ホームページ自体によその人が書き込む欄はなかった。けれども、読んだ人が「読んでいますよ」とメールを寄こしてきたりするところの付き合い自体がハイソだったんですよ。

―― ふむ、ふむ。

小田嶋 ハイソといっても別にお金のハイソじゃなくて。

―― 分かってます。情報環境上のハイソですね。

小田嶋 そうそう。ちゃんとスキルと腕と見識のある人たちが俺のページを読んでいてくれている、という居心地のよさがあった。

―― 英国ジェントルマンの社交クラブのような。

小田嶋 そうそう、そういう感じですよね。それがブログになって、コメント機能を付けると、わけの分からないネトウヨが変なことを書き込んでいくようになって、何かうちの庭も荒れちゃったなあ、という感のあれが。

―― そういうおじさんのぼやきを、濱野さんはどういうふうにお聞きになりますか。

濱野 うーん、難しいですね。小田嶋さんのおっしゃることはよく分かりますし、個人的にもそういう感情を抱くことはあるのですが、でも、それはどうしようもないことというか、いわば自然法則みたいなものだと思うんです。

コメント1件コメント/レビュー

 日本ではミクシィの中に「旧軽井沢」がひっそりと息づいています。ID30万~200万のあたりに、当時ニフティのフォーラム閉鎖によって発生した「ニフティ難民」が集団で移住してきたため、ニフティの衰退によるふるい分けを生き延びた「旧軽井沢民」がコミュニティごと新天地に引っ越してきて、ミクシィのSNSとしての完成度を一気に上げた(逆に言うよ富士通がニフティのSNS化をしていれば恐らくニフティは復活できた)実績があります。 ミクシィのフェイスブック化(実名化)を阻止したのも、この「旧軽井沢民」による匿名(筆名)文化を守ろうという意識だと思います。(2011/04/04)

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 日本ではミクシィの中に「旧軽井沢」がひっそりと息づいています。ID30万~200万のあたりに、当時ニフティのフォーラム閉鎖によって発生した「ニフティ難民」が集団で移住してきたため、ニフティの衰退によるふるい分けを生き延びた「旧軽井沢民」がコミュニティごと新天地に引っ越してきて、ミクシィのSNSとしての完成度を一気に上げた(逆に言うよ富士通がニフティのSNS化をしていれば恐らくニフティは復活できた)実績があります。 ミクシィのフェイスブック化(実名化)を阻止したのも、この「旧軽井沢民」による匿名(筆名)文化を守ろうという意識だと思います。(2011/04/04)

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