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貴族と平民の対立の結果、ローマは偉大な都市となった

配分する[7] ――正義について考える【18】

2011年4月14日(木)

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マキアヴェッリの政体循環論

 キケロの権力配分論をうけついで、三権分立論の元祖とも呼ばれるのがマキアヴェッリである。マキアヴェッリはローマ共和制を手掛かりに、好ましい共和国のありかたを考察するために『ディスコルシ』という書物を書いた。別名『ローマ史論』と呼ばれる書物であり、ちくま学芸文庫は『ディスコルシ』のタイトルで、岩波文庫は『ローマ史論』のタイトルで訳書を刊行している。

 マキアヴェッリもキケロと同じように政体は循環すると考える。それは人間は邪悪な生き物だからである。「すべての人間はよこしまなものであり、勝手きままに振舞えるときはいつなんどきでも、すぐさまほんらい邪悪な性格を発揮するものだ」[1]と考えるべきなのである。

 ところでこの邪悪な人間たちがそれでも国家を必要とするのは、人口が増大して集落を形成するようになるからである。やがて「自分たちの仲間の間で、腕力が人並み優れ、気性もしっかりした人物を選んで、自分たちの頭目として仰いで服従する」[2]ようになると、君主政が誕生する。そのときに何よりも重視されるのは正義の人物であることである。「人々が後に君主を選ぶときには腕力の強い勇敢な男には目もくれず、用意周到で正義感の強い人物を選ぶことになる」[3]のである。

 しかし人間は邪悪であるから、その人物はよいとしても、後継者になると「ありとあゆる放埒に身を持ち崩す」[4]ようになるだろう。こうして君主政は僭主政に堕落する。これに我慢できない名門出身の人々が、民衆の力を借りて僭主政を打倒して統治する。これが貴族政である。

 この貴族政は最初のうちは正義が守られるように配慮しているが、その子孫になるとやがては市民的な平等を維持することに我慢できなくなり、寡頭政になって「市民の権利には一顧だにしないようになる」[5]。このような正義を欠いた政治にうんざりした民衆はこの悪政を打倒するようになる。

 この悪政を打倒して新たな国家を建国しようとする人々は、これまで僭主政と寡頭政の悪を経験してきたために、民主政を好ましいと考える。こうして「少数の有力者も一人の君主も何の実力もふるえないような政府が組織される」。この民主政は最初はうまくゆくが、やがて無政府状態になり、「公の権威も他人への配慮も無視されるようになる」[6]。こうして再び一人の正義の人が選ばれて君主政に戻るのである。「その成り行きもその原因も、今までと同じことの繰り返しである」[7]

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「貴族と平民の対立の結果、ローマは偉大な都市となった」の著者

中山 元

中山 元(なかやま・げん)

哲学者、翻訳家。

1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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