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不在になった人々から、私たちは何を学ぶ。

「空席」ジャン・タルデュー

2011年4月20日(水)

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3月11日午後2時46分

3月11日とそれに続く数日のうちに世界は一変した。

突然、乱暴にドアが開かれて、ぼくらは外へ放り出されてしまった。
雨まじりの強い風が、顔に吹きつける。目も開けられない。
ひどい天候だ、部屋に戻ろうと思ったとき、鼻先でばたんとドアが閉められた。
ずっと馴染んできたあの室内へは、もう二度と戻れない。
否も応もない。これが現実だ。
むりやり覚悟を決めさせられて、ぼくらは今、ここに立っている。

さあ、どうしよう。

考えようとしても、言葉さえ浮かばない。
使い慣れてきた言葉が、急に色あせ、現実味を失い、使えなくなってしまった。
代わりに、さっきまで現実離れしていた言葉が、今は鮮やかに感じられている。
言葉は散らばるばかりで、気持ちにきちんと重なってくれない。
ぼくは読みかけの本を閉じて書棚に戻した。
書いていた何本かの原稿を捨てた。
書きかけの自分の文章が、あの瞬間に、ぼくにとってさえ、よそよそしく感じられるようになってしまったから。

3月11日とそれに続く日々、昼も夜も、ぼくらはずっと叫び声を聞き続けていた。
大きな声、小さな声、声にならない声。
あの土地、あの美しかった風景の中から聞こえてくる。
ぼくらは見た。しゃがみこんで動けない人がいる。呆然と立ちつくす人も。
うなだれる人、上を向く人、もう何も見なくなってしまった人。泣いている。黙り込んでいる。泥だらけだ。

ああ、と思う。
ああ、と。
それだけしか思えない。
ぼくがこうして遠くから見ている人のほかに、さらに何十万もの人々が苦しんでいる。
そうして、もう姿を見ることができなくなってしまった人も、その数は、数万にのぼるという。

ぼくだって知っている、自分のすぐそばで一つの命が失われると、それがどれほどの痛手となることか。ひとりの死が、その周りにいる何倍、何十倍もの数の人々を、すっかり打ちのめしてしまうのだ。それなのに、万単位の死者がいるとは、いったい何ごとだろう。

彼らは戻って来ない。

ぼくらは自分の一部を、何の抵抗もできずに、もぎ取られてしまったように感じている。そのことに対する怒りや悲しみ、悔しさ、情けなさ、自責の念がからまりあい、何と表現したらいいのかわからない感情になって、荒れ狂い、それこそ津波のように、ぼくらに押し寄せてくるのだ。

こんなとき、何をどう考えたらいいのだろう。
わからない。
何を言ったらいいのだろう。
わかるわけがない。
今この文章だって、あの土地の現在の状況には、とうてい釣り合わないと感じながら書いているのだ。
せめて、わかりもしないことをわかったふうな顔で語る、そんな輪を掛けて恥知らずな真似だけは絶対に慎もうと思う。

筆力が足りなくて、もしかしたら型通りの言葉を並べているだけのように見えるかもしれませんが、ぼくは全力で本気で書いています。

東日本大震災で亡くなられたみなさまに哀悼の意を表します。

震災以降、苦しみのなかにいるみなさまに、心のなかで力いっぱい手を握って、お見舞い申し上げます。

また、救援活動や原発事故収拾のために尽力されている自衛隊や消防、海上保安庁、原発作業員のみなさま。何人もの殉職者を出しながら務めを果たしている、警察や自治体職員のみなさま。医療やインフラ整備、さまざまな形で働いているみなさまに感謝いたします。そして敬意を表します。みなさまのような人たちがぼくらと共にいることを、心の底から誇りに思っています。

そして、この文章を読んでくださっているすべてのみなさまへ、変に聞こえるかもしれませんが、出せる限りの大声で言いたいです。

生きていてくれて、ありがとうございます。読んでくれて、ありがとうございます。さあ、これから、元気で行きましょう。

アンパンマン

金曜日の地震の後、ぼくは風邪をひいて熱を出し、寝込んでしまった。日曜日の夕方になって起き出すと、近所の商店からは食べ物やいくつかの物品が消え、福島では原子力発電所の状況がさらに悪化していた。

3月15日火曜日の朝、東京電力の会見を見た。
それまでとは様子が違っていた。立ったまま謝罪の言葉を述べている姿が、まるで白旗を手にした敗軍の兵のように見える。2号機の圧力抑制室で爆発があったと言うのだが、それがどれほど深刻な意味を持つのかぼくにはわからない。記者が質問する、「今回の爆発は今までとは違う。一線を越えてしまったのではないか」。

同日昼、首相から国民へのメッセージが語られた。
それは「ぜひ冷静に聞いてほしい」という、気持ちを波立たせる言葉から始まった。一週間前なら信じることも難しい、まるでSFみたいな話が展開される。ぼくは言われたとおり冷静に聞いていたが、こんな話を普通の態度で受けとめているなんて、ぼくらは本当にとんでもない状況を生きているのだと思った。

翌16日は、いっそう重く暗かった。
実際は明るい陽光が部屋の床に広がって、隅に置かれた鉢からあふれ出た枝や葉を青々と輝かせていたが、そんな春の光景さえ虚しく感じられるほど、ひたすら気持ちは沈んでいく。
ぼくは映像を見ることに疲れてテレビを消し、ラジオをつけた。
音楽のリクエストがあった。
聴取者のコメントが紹介される。
被災地の子どもたちへ「アンパンマンのマーチ」を贈ります。

聴くともなしに聴き始めると、自分がこの歌の歌詞をちゃんと聴いてこなかったことに気づいた。
たいていの人はご存じだと思うが、その歌詞はこんなふうに始まっている。

「そうだ うれしいんだ
 いきるよろこび
 たとえ むねのきずが いたんでも  (やなせたかし作詞)」

驚いて、息が止まりそうだった。すごい歌詞だ。たちまち涙が出た。引用した歌詞を読むだけでは理解しづらいかもしれないが、16日の、心が押しつぶされてしまいそうに重苦しい空気のなか、明るく弾むような声でこの歌をうたわれると、泣かずにはいられなかったのである。

「マーチ」は続く。

「なんのためにうまれて
 なにをしていきるのか

 こたえられないなんて
 そんなのはいやだ!  (やなせたかし作詞)」

そのとおりだと思った。
胸に傷を負っても、なお生きることを「うれしい」と喜ぶ。そのためには、「何のために生きているのか」「何をして生きるのか」という問いに答える必要がある。

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