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どのように人間は他者に共感できるようになるのか

共感する【2】

2011年7月14日(木)

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他者への理解

 さて、ルソーはこのように同情する心、他者の苦しみを耐えがたいと感じる心を、人間のもっとも根源的な感情としたのだった。自己への愛、利己的な愛が人間にとって本質的なものであるだけに、ルソーはそれを緩和する原理を必要としたのだった。

 ただし人間はつねに他者に共感できるとはかぎらない。他者を理解できないときに、他者に共感することは難しいからだ。そして人間にとって理解できるのは、自分のことである。自分が痛むとき、その痛みは疑いのないものである。自分が喜ぶとき、その喜びもまた疑いのないものである。

 しかし他者が痛むとき、その痛みは人間にとっては外在的なものである。他者の痛みをみずから痛むことはできない。他者が喜ぶとき、その喜びはこの〈わたし〉の喜びではない。他者の喜びは、どこかかすんだようにしか感じられないだろう。どこか他人事であらざるをえないだろう。

 人間が他者を理解し、他者の痛みをみずからの痛みとして感じるのは、それほど簡単なことではない。男性と女性は身体のメカニズムが異なる。女性には男性の計り知ることのできない事柄があるだろう。男性が女性の分娩の苦しみを理解できるかといえは、ただ想像することができるにすぎない。それは分娩したことのない女性についても同じことが言えるだろう。

 他者には他者の長い自己史があり、その自己の歴史の上での痛みであり、喜びであるだろう。その自己の歴史を共有していない者には、他者の痛みも喜びも、その真の意味で感じとることはできないだろう。それをあたかも可能であるかのように共感することは、他者の痛みと喜びにたいして不遜であるかもしれない。人生の長い経験の上で初めて感じとることができるようになったものも、他者の共感を拒んでいるに違いない。そこでどのようにして共感が成立しうるだろうか。

現象学的な還元によるエポケー

 その一つが感情移入という方法だろう。この方法を明確に示したのが、現象学の開祖とも言えるフッサールである。フッサールは、人間が身体をもつ存在であることによって、他者に感情移入ができるようになり、他者を理解できるようになると考えるのである。

 フッサールの現象学という方法は、自己にとって確実なものだけに依拠する。この世界も他者の存在も、自己にとって確実に知ることはできないものである以上、エポケーという手段によって、その存在と意味をひとたびは宙吊りにすることが求められる。それが現象学的な還元である。

 現象学の方法にとって唯一確実なのは、まずは自己の身体である。これは「感覚の場をそれに期する唯一の客観であり、わたしがその〈うちで〉直接に〈自分の思い通りにでき〉、特にそれぞれの器官のうちで支配している唯一のものである」[1]。フッサールは、人間が世界や他者を還元した後に残るのは、「〈わたしの身体〉とわたしの〈心〉あるいは心理物理的な統一体としてのわたしであり、そのうちにはわたしの人格的自我も含まれる」[2]と考える。

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「どのように人間は他者に共感できるようになるのか」の著者

中山 元

中山 元(なかやま・げん)

哲学者、翻訳家。

1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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