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黄色い爆弾、生きる価値をつくりだす

『檸檬〔レモン〕』梶井基次郎著

2011年8月9日(火)

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「あたりまえ」とは思えない人

明日も生きるし、来週も、来年も生きる。
ずっと、そのつもりで生きていく。
あたりまえのことだ。

しかし、あたりまえではない人間もいる。
「明日も自分は生きている」という、たったそれだけのことに確信が持てないのだ。危険な仕事に従事しているとか、重い病気だとかの理由もないのに。

確信が持てない原因は、自分自身。
自分が、自分の生を肯定していないのである。

くだらない話だ!
必死になって生きる人がいる。生きようとして生きられない人もいる。
それなのに、自分で自分の生を肯定できないなんて、聞きたくもない贅沢な話だ。
そもそも人間は動物であり、自己保存の本能を備える。自分の生を肯定するなんて、あたりまえだ。
そんなことさえできないなら、人間としてどころか、動物としてさえ「できそこない」だ! 本当に、そう思う。だから、そのとおり、ぼくは本当に「できそこない」なのである。

生きるに値する生

けれども、しかたがない。
「できそこない」のぼくは、自分の生を「生きるに値するもの」にするしかない。努力して、自分の生を肯定するんだ。
でも、どうやって?

こんなふうに生やその肯定について考える。
その始まりは高校時代だった。そしてその頃に、ぼくは梶井基次郎(1901-1932)の短編小説『檸檬』を読んだ。

駄目なやつなのに、なぜか自信たっぷりな男

『檸檬』の主人公は、駄目なやつだ。

貧乏学生で、借金をし、友人の下宿を泊まり歩いている。神経も肺も病んでいるうえに毎日酒を飲み続けたダメージもある。ここまでは、まだいい。どうしようもない理由があるのかもしれない。
問題は、それでいて、生活を改善しようとがんばっているふうでもない点だ。もしも彼が友人だったら、たいていの人は腹を立てるに違いない。いいかげんにしろ、どうするつもりだ、おまえはいったい何のために生きているんだ!

でも彼は、そんなことを言われたって、ちっとも気にしないだろう。
たとえ憂鬱で苦しい日々を送っているとしても、彼自身は自分の生を悪いもの、否定的なものとは思っていないから。
少なくとも、絶望して肩を落としてトボトボと歩いてるわけではない。
いや、むしろ胸を張って、鋭い目であたりを見回しながら、スタスタと足早に歩いている、そんな印象さえある。

多くの問題を抱えて未来もなさそうなこの男は、いったいどうやって自分を肯定しているのだ?

美しいものによって、日常とは異なる時間を過ごす

主人公は美しいものが好きだ。西洋音楽が好きで、詩が好きだ。それに舶来品、海外で出版された画集も。
それら美しいものに出会うと、彼は心をすっかり奪われてしまう。意識がその美しさに乗る、あるいは没入する。そうやって、彼は日常から離脱する。

たとえば「丸善」だ。西洋の書籍、文具、小物などを輸入・販売しているこの店を、彼はよく訪れる。そして棚に並ぶ品々を眺めたり手に取ったりして、日常とは異なる時間を過ごしている。
『檸檬』が発表されたのは1924年(大正13年)。人も物も情報も容易に海を越えることはできなかった時代だ。丸善の棚に並ぶ舶来品の数々は、便利、高品質といった日常的な意味を超えて、非日常的で非現実的な、もしかしたら「神聖な」輝きを放っていたかもしれない。

赤や黄のオードコロンやオードキニン。洒落た切り子細工や典雅なロココ趣味の浮き模様を持った琥珀色や翡翠色の香水壜。煙管、小刀、石鹸、煙草。私はそんなものを見るのに小一時間も費やすことがあった。そして結局一等いい鉛筆を一本買う位の贅沢をするのだった。

彼は、また、輸入書籍の棚へ行き、大判の画集を開いて絵に没入し、日常の時間を離れる。

〔輸入画集の絵の〕一枚一枚に眼を晒し終って後、さてあまりに尋常な周囲を見廻すときのあの変にそぐわない気持を、私は以前には好んで味っていたものであった。

二種類の時間

主人公の生は、二種類の時間で構成されている。

(1)日常の時間……現実の世俗的な生活。
(2)美的な時間……美しいものに触れて日常から離脱し、価値を感じる時間。

(1)日常の時間では、主人公は良いところなしの貧しい病人だ。本人も、暗く重い気持ちで過ごしている。
しかし、(2)美的な時間では、主人公は美に出会い、美しい時間を生きることができる。そのとき、自分が生きている日常は相対化され、遠く退いていくような不思議な意識状態を体験する。彼はこの美的体験に、単なるおもしろさ楽しさではなく、それ以上の価値を見出している。この体験によって、彼は、生と世界を肯定するのである。

離脱を妨げる「不吉なかたまり」

ところが最近、そんな「美的体験」に妨害が入るようになったという。

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