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イスラムの務めと仕事の狭間にある苦しみ

日本の企業文化の中で生きる日本人ムスリム1

  • 佐藤 兼永

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2011年9月6日(火)

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 日本ムスリム協会の名誉会長である樋口美作(ひぐち・みまさか)さんは、日本の会社に勤めながらムスリムとしての義務行為を実践することは難しいと考える。

 樋口さんがイスラム教に入信したのは、東京オリンピックが開かれる前年の1963年。入信の動機を一言でいうならば、エジプト留学の奨学金に応募するためにはムスリムであることが必須条件だったからだ。

東京ジャーミイでの集団礼拝の前に、任意の礼拝を行う樋口さん。「みんなムスリムになったけれど、『これでいいのかしら』という疑問を持ちながら 生きてると思う」。「『礼拝しないで良いですか?』『断食しないで良いですか?』って聞かれたら、私だって『やらないで良い』なんて言えない。そんなこと言えないですよ。自己管理・自己責任の宗教だからね、自分で考えて、出来なかった時は償いでもってバランスを取ってやればイスラムというのは、ゆるされる宗教だよ(と伝えてあげたい)」
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 円とドルの為替レートが1ドル360円の時代。持ち出しできる外貨の額は観光渡航では500米ドル、業務渡航でも最大2000米ドルに限られていた。日本と海外の距離は今よりはるかに遠く、留学できるのは一握りのエリートだけだった。それでも樋口さんは、エジプトを目指した。

 樋口さんは6人兄弟の末っ子で、子どもの頃に父親を亡くしている。既に結婚して独立していた兄弟から入学金を工面してもらい、育英会からの奨学金を得て早稲田大学に入学した。奨学金ですべてを賄うことはできず、在学中は数多くのアルバイトを経験した。

 4年後無事に卒業するも、第1志望の会社に就職することはできなかった。アルバイトのために学業に専念できなかったため、当時、就職する際に必要だった大学からの推薦が思うように受けられなかったからだという。第2志望の会社には受かったが、樋口さんはその会社に入社しない事を選んだ。海外に出られる国際的な仕事へのあこがれを断ち切れなかった。

 そのような状況の時に耳にした、エジプト政府の招聘によるカイロのアズハル大学への留学の話は、千載一遇のチャンスだった。しかし様々な偏見を持たれているイスラム教に入信するには迷いもあった。

 最近ではイスラム教についての情報が増えてきている。「過激な宗教」というイメージが強まる一方で、イスラム教はしっかりした教理を持つ宗教だとの認識もできて来ていると樋口さんは考える。

 しかし彼が入信した当時は、「回教」や「マホメット教」など正確さに欠ける呼び名が当たり前に使われていた。イスラム教とは何かと聞かれ、いわゆる回教のことだと答えると、「ああ、砂漠の宗教ね」という返事が返ってきた。「入信した」と言うと、「なぜそんな野蛮な宗教に入ったのか」と聞かれるような時代。樋口さんは、できることなら「イスラムなんてならないで留学したかった」という。

 いろいろと悩んだ末、樋口さんはムスリムになった。そして1965年にエジプトへと旅立った。カイロで学生生活を始めてから、樋口さんは様々な経験をする。現実のイスラム圏での生活では、思い描いていたイスラム教のイメージとは大きく異なるエジプト社会の現実に直面したこともあったという。樋口さんのカイロ時代の話は、1960年代のアラブ世界で生活した日本人の体験談として興味深い。しかし、この連載の主眼はムスリムと日本社会の関係にあるので、ここでは留学時代の話には踏み込まない。1968年に中途採用で入社した、日本航空時代に話を進めよう。

アラブ駐在でも「酒を飲めない」とは言えない

 樋口さんは、留学のための方便としてイスラム教に入信した。だが、日本航空での30年間の会社員生活の間、イスラム教を離れることはなかった。これには、イラクやサウジアラビアに赴任していた頃、一緒に仕事をした現地のムスリムの影響が大きかった。彼らとのつき合いが続くなか、「彼らを裏切れない」という思いが募り、徐々に信仰が深まっていったという。

 樋口さんに影響を与えたのは、彼らから日常感じる「同胞愛」だった。赴任していた当時の中東の空港では、税関のチェックがとても厳しく、せっかく持って行ったお土産の包装紙は破られ、箱はカッターで切って開かれてしまった。しかし樋口さんの顧客の荷物は、彼のお客さんだということで丁重に扱ってくれたという。

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